スパイシーマヨネーズ

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タイマーの音が響く。どうやらゆで卵が出来上がったらしい。 アボカドの下処理とカットした人参をツナや調味料と混ぜ合わせる作業まで終わらせた順くんがマヨネーズ作りを代わってくれた。 私は固ゆでに仕上げたゆで卵を鍋から取り出し、冷水で一気に冷やす。 こうすると卵の殻が剥きやすくなると前に順くんが教えてくれたのだ。 「マヨネーズといえばさ」 私がそう声を上げると順くんが『なに?』と返事をしてくれた。 「順くんが作った、ロールサンド」 私がその料理名を口にすると順くんは『まだ憶えてんのかよ』と笑みを零した。 恥ずかしがっているように見えるけど、その表情はどこか嬉しそうだった。 「忘れないよ。私が初めて食べた順くんの料理だもん」 「うん、俺も憶えてる。初めて千依梨が褒めてくれた料理だから」 私が初めて順くんの料理を口にしたのは大学祭の打ち上げの席だった。 その記憶は大学1年生の秋の終わりまで遡る。 2年前の学祭最終日の夜、部室では盛大に打ち上げが行われていた。 分担して用意したお酒やオードブルやお菓子がテーブル一杯に並び、私も仲の良い女の子達とお菓子をつまみながら学祭の思い出を語り合っていた。 食べ物はお酒に合うおつまみやオードブルなど既製品が多かったが、その中に手作りのロールサンドがあった。 食パンで卵やハム、チーズ、野菜を巻いた食べやすい形のサンドウィッチだ。 オードブルやお菓子はあっという間になくなったが、ロールサンドは不人気で、なかなか減らなかった。 「飲み会で余ってたロールサンドを勿体ないなって思って食べ始めたら、止まらなくなっちゃって」 「そうそう。千依梨が黙々と俺が作ったロールサンドを食べてたから、嬉しくて思わず声を掛けちゃったんだよね」 「料理上手だって噂の女の先輩が作ったって思ってたの。順くんが作ったって聞いて吃驚して、使ってたマヨネーズが手作りだって聞いたらもっと吃驚した」 「あの時の千依梨は面白かったなぁ。『マヨネーズ作れるって天才だよ!』って褒めてくれたよね」 2人の共通の思い出に浸るのはすごく心地がいい。 お互いあの夜のシーンや会話を鮮明に憶えていて、それはその出来事が2人にとって心を揺るがすきっかけになった事を意味していた。 あの日、私は順くんがかなりの料理好きである事を知った。 話を聞いて、ただ純粋に彼が作る料理が食べたいと思った。 だから深く考えず『順くんの作ったご飯、食べに行きたい』と言ってしまった。 順くんは『大した事ないけど』と前置きした後に『なにが食べたい?』と尋ねて来た。 この出来事は私達がただのサークル仲間から脱出するきっかけになった。
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