姫花はハッピーエンドしか信じない

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姫花はハッピーエンドしか信じない

 木々の色づき始めた文学部棟の屋上で、「私の人生はハッピーエンドって決まってるの」と姫花は言った。  これを聞いた時はサブカルチャーでよくある電波さんと遂に出会ってしまったのかと思っただけだったが、次の言葉を聞いて僕は驚いた。 「だから私と付き合ってみない?」  告白にはいくつかのバリエーションがある。  そのうちの女性主導対面呼び出し型が現在の状況なのだが、根拠もなしに自分の未来が明るいから付き合ってみないかという告白は珍しい。  そもそも、僕と彼女は同じ学年で名前を知っているくらいの関係でしかない。  だから当然、次のような疑問が湧く。  これは果たして告白なのだろうか。  付き合うというのは、男女の交際という意味なのだろうか。 「それって君が僕を好きだから恋人になって欲しいってこと?」 「そう取ってもらって構わないよ」  彼女は即座に答えた。 「回りくどい告白だな」 「でもさ、自分の行く末が大団円だってことをアピールするのって、大事だと思うんだ」 「強気だね」 「安定を求める現代青年が将来有望な女性と付き合うのは当然の選択だよね?」 「安定どころか、リスクの塊じゃないか」  僕は聞かれたことに対して嘘をつけない。  精神的にではなく、物理的に嘘の言葉を発声することができない。  だから皮肉のような返答が簡単にできてしまう。 「自分の未来が無条件に明るいと思い込んでいる人間ほど、ちょっとした罠や困難にハマりやすいんだよ」  ただ、それも突き抜けたレベルだったら偉人になる可能性もあるが、ここでそれを述べると話がややこしくなりそうなので口をつぐんだ。  聞かれたことや発言自体に嘘はつけないが、自発的に言うことの取捨選択くらいは最近になってできるようになった。  ほとんど友だちというものを持ったことのない人生だったが、もう数年もすれば、時々斬れ味の鋭い寡黙な社員くらいにはなれると踏んでいる。
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