女装レイヤー×陰キャオタク

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 その日、英司は炎天下に焼かれる灼熱のビッグサイトに立っていた。  年に二回、東京お台場のビッグサイトにて開催される超大型同人イベント、コミックマーケット。参加者の数は年々増加し、今では一地方都市レベルの人数がわずか数日の間に押し寄せるほどのビッグイベントと化している。中でもコスプレ人口の増加は目覚ましく、年々新たなエリアがコスプレのために拡充、解放されるほどだ。  当然ながら英司も、〝西園寺わかめ子〟として毎回このイベントに参加している。  今回の夏コミでは、昨年の放送以来おもに男性ファンを中心に人気を得るファンタジーアニメ〝なろう作家、異世界転生するっ!〟のヒロイン、サーシャ=ノエル=ヴェルスタインのコスに挑戦した。キャラクターのルックスを完璧に再現した〝わかめ子〟は、告知段階から早くも話題となり、この日も大勢のファンにカメラを向けられることとなった。  撮影は順番制。撮影を希望するカメラマンは待機列を作り、順番が回ると希望のポージングをレイヤーにリクエストし撮影する。ただ、この日は朝から気温の上昇が速く、昼前には早くもスマホが高温警報を発表。ただでさえ全身をウレタン製の甲冑で覆う英司は、早くも熱中症の危機に見舞われていた。  それでも、暑い中せっかく足を運んでくれたファンの期待には応えたい。脇や首筋など傍目には見えない場所に冷却パックを貼りつけ、どうにか力技で暑さを凌いでいた英司だったが、ついに限界を迎え、撮影中に立ちくらみを覚えて膝をついた。  すぐに一人のファンが、〝わかめ子〟を案じて駆け寄ってくる。 「だっ、大丈夫ですか?」 「あっハイ……大丈b――」  顔を上げた英司は、刹那、目を疑った。  本来は会社でしか目にするはずのない同期の姿がそこにあったからだ。  同期の名は篠山修。オフィスでは英司の隣に机を並べ、地味な外見と口数の少なさゆえに男性社員からは空気扱いされ、女性社員からはキモいと陰口を叩かれる気の毒な男だ。ただ、能力自体は同期の中でも群を抜いて優秀で、最近では、大型インフラの受注合戦では必ず上司からのお呼びがかかる。大学時代に建築工学を学び、独学で材料工学にも精通する修の知識とデータ処理能力は、今や東洋建設営業部の戦力の要と化していた。  そんなわけで同期としては彼を尊敬する英司だったが、外見が地味なことに変わりはなく、ぼさぼさの黒髪と、量販店の吊るし売りらしい安物のスーツは同じ営業マンとして何とかしてほしいと常日頃思ってはいる。その修は、今はさすがにスーツでこそないが、よれよれのチノパンにカッターシャツ、メーカー不詳のスポーツシューズという涙が出るほどスタンダートなオタクスタイルで、ブレのなさはもはや呆れを通り越し、さすがと言うほかなかった。  いや、感心している場合じゃない。  なぜ篠山修がこんな場所に?  途方に暮れる英司を前に、修は手早くリュックを下ろすと、中から真新しい保冷パックと、保冷材に包まれた未開封のスポーツドリンクを取り出した。 「とりあえず、これで身体を冷やしていてください。すぐにスタッフの人を呼んできます」 「えっ、でもまだ、列が、」 「休憩が先です。わかめ子さん、さっきからふらふらじゃないですか」  職場ではついぞ聞いたことがない、叱りつけるような口調で言い残すと、修は早々に救護用テントへと駆け出してゆく。その背中が人混みに消えた後で、ふと手元のスポーツドリンクに目を落とした英司は、そのラベルに油性マジックでメッセージが記されていることに気づいた。どうやらこのボトルは、最初から差し入れのつもりで持参されたものらしい。  そのメッセージに軽く目を通した英司は、瞬間、息を呑んだ。 『イベントお疲れ様です! 暑いので無理はなさらないでくださいね! みけお』
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