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私は岩礁の上で日長一日、太陽と海を眺めて過ごした。刻一刻と、色の変わる水面の向こう。波に光が砕けて、風に揺れるカーテンのような揺らめきで海の中を照らす。私は、海の一部だ。これだけ大きな、海の一部だ。どこに行ってもいいんだと思うと、この平べったい鮟鱇の姿も、悪くないなと考えられた。岩や海底と一体化して世界を眺める贅沢は、普通の回遊魚にはできず、もちろん、大型のサメにもできないことだ。私には私の美しい世界がある。赤くなった水面を見て、遠くへ眠りに行った太陽を思いながら、私も安全な寝床にもぐった。幸福感が私を満たしていた。海の音が去っていく。私はまた、夢を見た。
温もりが私の体に戻っている。目を開ける前にそう思った。ああ、魚に瞼はないな。そこで私は、鮟鱇の夢が終わったのを知った。目を開けると、慣れ親しんだはずの部屋の天井がある。ずいぶん長い間、この天井を見ていなかったような感覚に陥る。しかしスマートフォンを見たところ、あの長い夢は、たった一晩の物語だったらしい。起き上がって伸びをして、メッセージアプリを開いた。元同僚のアイコンを探して、メッセージを打つ。ほどなくして、電話がかかってきた。
「どうしたんだ? 君から連絡が来るなんて初めてじゃないか」
「夢にあなたが出てきたから、どうしても気になって」
「そうか、良い夢だった?」
「とても。だから電話せずにいられなくなって」
「なるほど、それはいいタイミングだ。今日の夜は開いているか?」
「予定はないけど」
「良かったら、“あんこう鍋”を食べに行かないか? 友人と予約を取っていたんだが、友人が来れなくなってね。鍋は二人前だから、私一人で食べきるのは辛いんだ」
本当に、間が悪い。空気が読めない。きっと私を誘ったのも、今日一番に連絡をとったから、とかそういう判断基準なのだろう。
「行く。鮟鱇、好きだから」
「本当か! 良かった、助かるよ。まさかOKしてくれるとは思ってなかった」
「ダメ元だったの?」
「半々くらいな。自信はなかった。そこのあんこう鍋はとても美味しいから、来てもらえてうれしい。それにしても、今日は前の時より声が元気だ。最近楽しんでいるのか?」
「ううん、全然」
でも、今の私は、楽しみたいのだ。自由に、どこへでも行きたい。
「聞いて。私ね、鮟鱇なの」
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