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深海に揺蕩うでもなく、砂に紛れてひっそりと。時折パッと散るのは、誰かが立てた砂煙。水の中の砂は重たいけれど、守られているような感覚がして心地よい。遠くから、さらさらと木の葉がさざめくような音が近づいてくる。魚の群れがやってくる。私はお腹が減るのを感じた。お腹が減った実感を得るのは、本当に久しぶりだ。
さあ、魚釣りを始めよう。私はその気になれば、いつだって魚釣りができる。疑似餌をひらひら、くねくねとゆらせば魚たちがこちらに気付く。顔を見合わせて、そろりそろりと泳いでくる。疑似餌をぴくん、ぴくんと動かして、魚たちを誘う。私の疑似餌は、頭の上から生えている。弱ったエビのような動きを見せてあげれば、更に魚たちは釘付けになる。可哀そうに、美味しそうな偽物のエビに気を取られ、彼らは知らないのだ。
彼らが美味しそうな顔でエビを見つめているのと同じように、私だって彼らを美味しそうだと思って見つめている。
魚も走馬灯を見るのだろうか。ばくん。と周りの海水ごと魚を丸のみにした。反射的に身を翻した者だけが海中に取り残されている。パニックに陥った彼らは、大きな目をぎょろぎょろさせながら逃げて行った。名前も知らない魚に感謝する。お腹の中で必死にもがこうとする力を感じるが、残念ながら鮟鱇の胃袋には返しがついていて、一度飲み込んだら吐き出さない。
そう、私は、鮟鱇だ。数年前に可愛らしいとネットでもてはやされたカエルアンコウとは違って、かわいげのない、板に打ち付けられたスライムが偶然魚型になったような姿の、普通の鮟鱇。正式にはキアンコウというのだっただろうか。チョウチンアンコウのように光るわけでもなく、カエルアンコウのように波に身を任せた移動もできない。泳ぐときは砂地をするする滑るようにゆっくり泳ぐ。大きさはよくわからない。ここには定規がないし、私自身の視点がいつもと違いすぎるから。でも、スズキくらいは飲み込めたから、相当大きいのかもしれない。だから私に天敵はほとんどいないけれど、頭上をとても大きなホオジロザメたちが泳いでいったときは肝が冷えた。あんなのに狙われたらひとたまりもないと思うのは、人も鮟鱇も変わらないようだ。
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