ゆりかごに鮟鱇は眠る

3/8
前へ
/8ページ
次へ
 胃袋の中で跳ねまわっていた魚はやがて、その動きを止めた。胃袋には、まだ空きがある。魚があともう一匹は入るだろう。さっきの群れはもう、いずことも知れない。私は胸びれで体を浮かせ、もったり、するすると海底を滑る。砂地から離れ、岩陰へ。岩陰から、さらに先の砂地へ。もうすぐ夜が来る。薄暗くなってくれば、魚たちの動きはさらに鈍くなる。その代わりに、夜が来ればサメたちが跋扈し始める。だから今のうちに、サメに襲われない岩と砂地の平らな隙間に移動するのだ。他の鮟鱇たちがどうしているのかは知らない。でも、私はやっぱり、サメが頭上を泳ぎ回るプレッシャーに耐え続けるのがつらい。  岩の下に丁度いい隙間を見つけ、そこに潜り込む。砂の感じも悪くない。暫く動かないでいると、何も知らないのんきな魚たちが私の目の前を行き過ぎる。食べようかと思って、止めにした。だって、血のにおいが残ってしまったら、サメたちが嗅ぎつけるかもしれない。空腹を我慢するのと、サメに襲われるリスクを冒すのなら、私は空腹を我慢するほうを取る。  プレッシャーからは逃げたい。リスクは冒したくない。そうやって、会社でもひっそり過ごしていた。上司の前でも、同僚の前でも、目立たず、自分の意見を言わず、与えられた仕事だけを淡々と。無理な量の仕事は受けず、皆が帰る時間に退社し、その日の夕飯をコンビニで600円程度買い、自宅へ。高校時代の友人とはグループチャットで繋がっている。高校時代は楽しかった。でも今では、そのつながりも億劫だ。楽しそうな会話に乗るけれど、乗り遅れたりタイミングがずれたら、一気にその日は置いて行かれる。会話にうまく乗れたとしても、10人いるグループメンバーそれぞれに気を遣うのはとても疲れる。夕飯時にはグループチャットが盛り上がる。盛り上がるほどに、目の前のコンビニ飯から色と味が奪われて行く。チャットの内容なんて、一時間後には忘れている。どうでもいいから忘れるのだ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加