ゆりかごに鮟鱇は眠る

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 真っ暗闇の中、私の目はこの聴覚だ。動いているものだけ、私の感覚で捉えられる。今、サクサクと聞こえるのは、小さなカニが砂の上を歩く音。カリカリと聞こえるのは、ウニが岩をかじる音。ああ、風を切るような音と共に、紡錘形の群れが頭上を過ぎていく。岩礁の上に、サメたちがやってきた。我が物顔で泳ぎ回り、隠れきれなかった魚を執拗に追い回し、食べていく恐ろしい捕食者。鼻が利いて貪欲。会社のお局集団によく似ている。あんな凶暴な支配者に目を付けられたら大変だから、生き延びるために皆コバンザメになる。私はそんな器用なことができないから、隠れるのが一番なのだ。人間の私は、においを嗅ぎつけられ始めている気がするけれど、鮟鱇の私は大丈夫。だって、私らしくちゃんと隠れられているから。  ふと、バカみたいに目立っていた同僚を思い出す。何をするにも一生懸命で、真面目で、明るくて、逃げることを知らない、バカ正直なやつがいた。声も大きくて、自分の意見を黙っていることができない、空気の読めないやつだった。私はそいつが嫌いだった。そいつは私の一年後に入社してきた。明るくていい笑顔をするし、誠実なうえ頭も良くて、すぐに社員と打ち解けた。効率のいいやり方をすぐに見抜く慧眼も、腹立たしいことに持っていて、仕事の効率がものすごくよかった。仕事量が私と並ぶ、いや、越える程度になるまであっという間だった。私の不手際さを理解しているはずなのに、私みたいな鮟鱇にも、そいつは笑顔で接してくれた。それがとても、都合が悪かった。そいつはまさに太陽みたいなもので、そいつが近くにいると、私まで目立ってしまうのだ。いくら砂に隠れたくても、照らされていたら一目瞭然、鮟鱇の姿は浮き彫りになる。怖かった。嫌いだった。なのに、そいつの明るさは『何か変えてくれるかもしれない』という希望を私に抱かせた。 そいつは夜の海を照らした。隠しておかなきゃいけない秘密まで照らしてしまって、サメたちに囲まれた。そんなたいそうな秘密ではないけれど、皆暴かれたくない秘密の一つや二つは持っている。私は必死にそいつから距離を取り、太陽は沈むものだと知った。
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