この世で最悪な出会いについて。

4/7
前へ
/7ページ
次へ
 武家の男が刀を抜く代わりに、懐から取り出したのは扇子だ。  親骨がきらりと輝く鉄扇。  まずは肉薄して来た一人目を足払い。その肩に鉄扇を打ち付け、背後に回って肺の後ろを蹴り飛ばす。  間髪入れずに突き出された二人目の小柄を避けて、一端後ろに跳躍。迫る二撃目の伸びる腕を己の腕で絡めて捻り、がら空きの腹を踏みつけた。  崩れる体の頭頂部に、扇を叩き込む。  「痛そう」  「うむ」  里衣と商人は互いの顔を見合わせた。そうしてお互いの頭の天頂を見つめてから、撫で撫で。  頭を殴られたことがないわけではないが、あんな音が鳴るなんて初めて知った。    「鼠。刀の錆とやらはどこへいった」  「あれ、抜いてよかったぁ?」  「やってみろ、この場で斬り伏せる!」  「いやぁ、どうやって」  倒れ伏す男たちの中心で、武家はからから笑って刀の柄を叩く。  いや、一人足りなくないか?  里衣の体が宙に浮いた。商人が里衣の体を抱き上げて跳躍したのだ。二人がいた場所に走る、銀光。  どうやら最後の一人は境内を回り込んで、里衣たちの背後に回り込んでいたらしい。狙いを外した男は、小柄を突き出した体勢のまま歯噛みした。  「鼠ぃ、あと一匹!」  「頑張れ」  「せめて刀返せ!」  「頑張れぇ」  里衣を抱く腕が震えたように思う。多分、怒り故だろう。ただ、見上げた顔が無表情であったことは…むしろ恐怖を煽る。  商人は里衣を守るように片手で抱えたまま、もう片方の腕で腰に吊り下がった印籠を引きちぎると、相手に向かって投げつけた。  男の顔にぶつかったそれは、粉状の中身をまき散らす。まともに被った男は寄声をあげてその場に倒れ、もんどりうった。  苦しそうに目を覆い、喉を抑えと忙しない。  「毒?」  武家が、「えげつねぇ」と舌を出した。  「貴様のような連中のせいで、最近食欲が薄くてな。あれは薬研堀で貰ってきた漢方よ」  「かんぽう」  「蕃椒」  「ばん…唐辛子!!?」 なるほど、えぐい。 げっふ、ごっふと咽込みながら喉をひっかき、目を真っ赤にして涙を流す様は、悪党でも同情を覚える。 投げた当人は、「あれだけは肌身離さずにしておいてよかった」と満足げ。  とはいえ、助けられた事実は変わらない。里衣の頭はのぼせ上がったままだ。体は未だ丁寧に、商人が横抱きにしてくれているのがなお嬉しい。  「あの、ありがとうございます」  「いいって、いいって」  武家は快活に笑う。あまり武家らしくない様である。この人たちは何者だろう、と里衣は思う。きっと素晴らしい人たちなのだろう。書物の中だけと思ったこの出来事。  なんと素晴らしい出会いか…と里衣は感動した。  大門を飛び出して暫くは不安が凝っていたが、外でこんな出会いがあるのならば、やはり未来は明るい。そうだ、二人の家のどちらかで、雇ってもらうことはできないか。付き合いをこれで済ますのはあまりに寂しい。  二人共もなかなか身なりもよさそうだ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加