2. 下山

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2. 下山

 2日目。今のところ、天気はいい状態を保ってくれている。昨日、雪原を通ってくるのも苦労しなかった。  山には道と呼べるものがいくつかある。二人は、多くの者が普通に利用する広い道ではなく、なるべく獣や木こりしか知らないような道を突き進んだ。暗殺者(あんさつしゃ)がやってくるとしたら、きっと広範囲(こうはんい)を早く探し回れるよう馬を連れている。そう予想して、進路については、馬が通れないような道を行こうと話し合っていた。  そこで二人が選んだのは、手を使いながら下りて行く(がけ)の近道。使いで(ふもと)の村やその近くの町へ行くのに、この二人は何度か通ったことのある場所だが、馬を捨てても、山のことを知らない者が踏破(とうは)できるようなルートではない。  小道具類を担当したアベルは(なわ)を取り出して、片方の(はし)をリマールに渡した。二人は自分の腰にしっかりとその縄をくくり付け、互いをつなぎ合わせた。一人がもし(すべ)り落ちたら、もう一人がそれを支える。下る時は、より頼りになる方が後ろにつく。リマールが後ろになった。山暮らしはアベルの方が遥かに長いが、リマールは薬草の採取(さいしゅ)で危険な場所の上り下りに慣れており、腕力もあった。ほとんど行動を共にする二人だが、リマールほど薬草に(くわ)しいわけではないアベルは、そのあいだは弓の練習をしたり、矢を作ったりして退屈凌(たいくつしの)ぎをしていることが多い。  大小様々な岩がごろごろしている細道を、何度も手をつきながら下っていく。すぐ横は、山麓(さんろく)の森とその中を流れる川を遥か遠くに見下ろせる谷。不慣(ふな)れな者には、まだ目がくらむような高さだ。  やがて、休憩(きゅうけい)ポイントの岩棚(いわだな)にたどり着いた。そこでパンと水だけの簡単な昼食をとって、筋肉の張りをほぐし、少し体を休ませる。    今朝は空気が澄んでいて、まだしっかりと雪化粧したままの山頂まで、周りに連なる灰色の山肌がよく見えた。その一部から、壮麗(そうれい)(たき)豪快(ごうかい)に流れ落ちているさまが見事だ。  およそ20分後、二人は腰を上げて再び互いを結び付けると、今度もアベルが前を歩いた。  美しい景色に気をとられないようにして、どんどん足を進める二人。今日はここを、この調子で最後まで(くだ)りきる。  その途中、肌寒い風がそろりと(まと)わりつくように吹き過ぎていった。  するとふと、胸に暗いものが差し込んだ。  アベルは立ち止まり、風の声に耳をすましてみる・・・やっぱり不安そうな声・・・おびえている・・・この山の木々も野草も、何もかも全て。 「嵐が来る・・・。」    リマールが見て感じる限り、空は遠くまで青く晴れ、眼下(がんか)の景色は明るく輝いている。  しかし、アベルがこういうことを口にした時には、彼は微塵(みじん)(うたが)うことなく同意した。 「そうなら、早く山を下りて峡谷(きょうこく)を抜けないと。岩が崩れてくるかも。」  二人には、足を置いたり、つかむと危ない箇所を一目で見極めることができた。  最後はほとんど断崖絶壁(だんがいぜっぺき)だったが、そうして二人は、気をつけながらも険しい岩山を急いで下った。谷底に着いたところから森までは、一部峡谷を抜けて行かなければならない。距離は短いが3、40分かかる。  そのうち、本当に天気が怪しくなってきた。低い所に下りてきても、少し強くなった風がひんやりと肌にしみる。  ようやく平坦な道に下り立ち、次はすぐさま森を目指した。  峡谷を通る風は、ただでさえ強い。二人がこの先にある森を目指し、速足でその道を進んでいる時には、前屈(まえかが)みになるような湿っぽい強風が吹きつけてきた。  風は不気味に(うな)り、空にはもう一面うねるような暗雲(あんうん)が広がっている。  やがて峡谷を通り抜けて、どうにか無事に山麓(さんろく)の森へ入ることはできた。  しかしここで、良い避難場所をなかなか見つけられないまま、とうとう横殴(よこなぐ)りの暴風雨(ぼうふうう)の中を強引(ごういん)に進むことになってしまった。  背負っている荷物を胸の前に持ち替えたリマールは、なるべく濡れないようにそれを外套(がいとう)で覆っている。  木々の枝葉(えだは)が大きく揺れ、今にも倒れてくるように見えた。小道の水たまりも気にせず横断するしかなかったが、靴の中にいっきに入り込んだ水が気持ち悪い。ぐっしょりと濡れている顔に吹き飛ばされた葉っぱが貼りついてきて、いよいよ悲惨(ひさん)な気持ちになった。  薄暗い中をさまよい、励まし合いながら、ひたすら雨風を(しの)げる場所を探し回る。  そうして、夜になる直前にやっと、しっかり守ってくれそうな洞穴(ほらあな)に出会えた。  助かったとばかりに気力を振り絞り、雨がかからない場所まで中へ入った。  二人共、冷えた体でひどく体力を消耗(しょうもう)していた。たいした荷物は持っていなかったが、びしょ濡れになった服のままでいるより、少し湿った毛布の方がずっと気持ちが良かった。  二人は、震えながら靴や上着やズボンを脱ぎ、下の肌着一丁(いっちょう)でその小さな毛布にくるまった。  そして横になったとたん、疲れて眠りに落ちた。
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