はじまり

1/3
40人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ

はじまり

ある夏休み中のオフィスにて… 「なんて事をしてくれるんだ!!!」 会社役員の一人である田中修二(タナカシュウジ)が怒鳴り声を上げて机を叩いた。 置いてあったコーヒーが少し揺れ飛散る。 「相手先のデータが全部飛んだって…どうしてそんな事が起きたんだっ!!!」 「…はい、相手先には十分に説明したはずですが、インストールするだけでバージョンアップが終了すると思い込んでたみたいです。」 社長席の前に立ったまま顔色ひとつ変えず、冷静に経緯を伝える蒼井日菜子(アオイヒナコ)。 「…思い込んでたって…結果的にはデータが飛んだって事はこっちの責任になんだろっ!どうするんだ!」 ドンッ! 感情的になった修二がまた机を叩き、コーヒーがこぼれる。 「…まぁまぁ、日菜子に怒ったってデータが戻って来るわけじゃねーだろ。」 応接セットに足を投げ出して座っているもう一人の役員、松田直哉(マツダナオヤ)が助け舟を出した。 「…っ、お前はいつも蒼井をかばうな!」 「だって日菜が優秀なのはお前もわかってんだろ。3人で修復すればそんなに時間なんて掛かんねーよ。」 「…いえ、だいたい2日徹夜でやれば修復出来るかと…。」 日菜子がそう淡々と答え、修二と直哉が唖然とした。 「…3人でやれば多少は時間が短縮出来るんじゃ無いのかな?日菜子ちゃん?」 強ばった顔で直哉が日菜子を覗き込む。 「…いえ、3人で2日です。徹夜しなければ3日です。」 「…………っ。」 修二は天を仰ぎ、頭を抱えながら窓側を向いてしまった。 社長室の中が沈黙に包まれる…。 「…ちょうど社員のSEも夏休みに入ったばかりだし、俺らでやるしかねぇんじゃね。」 直哉が腕組みをしながら、修二をなだめるように言った。 「……最低でも明日の夕方だな。」 背中を向けた修二が小声でつぶやく。 「え?」 聞き返す直哉。 「明日の夕方までには終わらすって事だよっ!!!」 そう怒鳴って修二はドスドスと部屋の入り口に向かい バタンッ! と役員室の扉を勢いよく閉めて出て行った。 少しの間残った2人の耳の奥に、扉が閉まった残響が続いていた。 「…日菜〜、オレサバ味噌が食いたい。」 グーッと背伸びをしながら直哉が言う。 「…岩ちゃん食堂のサバ味噌ですか?」 社長席の机に飛び散ったコーヒーを日菜子が拭きながら答えた。 「仕事する前に腹ごしらえしよっ!」 スクッと立ち上がり、直哉は日菜子に自分の帽子を被せた。 「暑いから被ってけ!行くぞ!」
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!