人生列車

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人生列車

「──……何で私……電車に乗ってるの……?」  突然の事に、私は目をしばたたかせた。  ──此処は何処? この電車は何?  状況を把握しようと取り敢えず車内を見回してみる。  しかし私以外に乗客は居らず、ただお見合いの形になっている座席がズラリと並んでいるだけ。  窓の外を見てみたけれど、真っ白な霧があるだけで、此処が何処なのか全く判らない。  少し視線を下げて車体に目をやると、その体は黒くて少し丸みを帯びていた。  時々聞こえてくる低い「ボーーーー」という音からしても、電車というより蒸気機関車みたいな物のようだ。  正確には「電車」ではなく、「列車」と呼ぶべきなのかも知れない。  では何故自分は最新型の格好良い電車ではなく、古めかしい列車に乗っているのだろうか?  思い出そうと試みたけれど、此処に来た経緯は何も思い出せなかった。  それどころか──……。 「……私って、誰だっけ?」  自分の名前も、自分が住んでいる場所も、自分が好きなものも何もかも思い出せなかった。  ──これって、もしかして所謂、記憶喪失……ってやつ? ……そんなドラマみたいな事、本当にあるんだな。  そう思ってから、我ながら何て緊張感の無い考えだろうと思って笑った。  普通ならもっと困惑し、怯え、ヒステリーでも起こしそうなものなのに。  少なくとも、小説やドラマの主人公ならもっと素敵な反応をするに違いない。  けれど私は今とても落ち着いている。  何かの主人公になるなら……なんてことを考える余裕すらある。  私は所詮主人公には成り得ない人材、というなのだろう。  ──いや、端から主人公になりたいなんて思わないからいいんだけど。  そんな状況にそぐわない事を考えていると、 『ご乗車ありがとうございます。こちらはーー行きです』 という電車に乗るとよく聞くアナウンスが何処からともなく聞こえてきた。  しかし、残念ながら行き先はノイズに混じってしまい、聞き取れなかった。  本来であればこんな誰も乗っていない、景色も見えない、その上行き先も判らないような怪しい列車からは直ぐに降りるべきだろう。  だけど何故か私はそんな気になれなかった。  何なら、ずっとこの列車に乗っていたいとすら思った。  ──何で?  何故か判らない。  ただ、思ったのだ。  ──遠くへ、行きたい。  何故か、無性に遠くへ行きたい。  ──まぁ、どうせ帰る場所も判んない事だし……。  私はもう少しだけ、この列車に乗っている事にした。
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