BPM190  〜3年*長月

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 軽音楽部の割り当て時間より早めに行ったはずなのに、凄い人。やっぱり溢れそう。ベンチ撤去してるはずなのに、一番後ろまで人がいる。怪我人出なきゃいいけどと、ちょっと心配になる。  バンドは楽器の準備に時間かかるから、軽音の前に休憩時間を15分間とっている。けど、音鳴らしたりして、準備してるメンバーの様子は見えるから、もう客席では黄色い声が飛び交ってる。  ――えー!なんで御堂くんいるの? うそ! マジ? 来てよかったよ~!!   ざわざわの正体はほぼこれ。麓の街の女子高生たちの情報網は凄くて、生徒会役員の顔と名前は何故か周知で。 歴代の生徒会役員は顔面偏差値も高いから、身近なアイドルのような感覚みたい。全体を見回しても、女子率高い。半数近く女子かも。  人が多くて舞台に近づけない僕に、紡が近づいてきた。  「こっちだよ。遠慮してたら、弾き出されちゃうぞ」  笑いながら引っ張られる。袖に続くドアの前までどうにか来れた。  「凄い人だね。上の窓開けた方がいいんじゃない? 暑いよここ。のぼせて倒れちゃう人出るかも」  そう云った僕に、  「だね。じゃあ、僕あっち側開けてくるから、馨こっち上がって開けてくれる?」  「わかった」  両サイドの上部の窓を、二人で手分けして開ける。今日は気温もそんなに高くないし風も少しあるから、窓を開けると空気が入れ替わってもわっとした熱気が流れていった。うん、涼しい。  降りようとして、ふと舞台に目をやる。廉がいる場所は、こっちからみると向こう側。ギターのアンプをチェックしてる。ここからの方がもしかしたらよく見えるかも。  そのまま手すりに凭れて、廉の動きを目で追う。制服のままなんだ。  舞台上のパフォーマンスは制服じゃなくていいという規定なのに、メンバー全員制服だった。  学院の制服はパターンと云うか組み合わせがいろいろ変えられる仕様で何種類かある。  ジャケットとスラックスは黒に近い紺の無地と、チャコールグレーのグレンチェックの2パターン。シャツは白のみだけど。 ベストとセーターがグレーのVネックに黒のラインと紺のVネックに白のライン。ネクタイは臙脂で、式典と礼拝の時以外はしてもしなくてもどっちでもいい。比較的シンプルで大人っぽい制服だと思う。  今はまだ夏服で、白シャツとスラックスだけだから、あんまりバリエーションはないけど。  ボーカルの新庄は、髪をワックスでアレンジして、シャツは長袖を折り返してボタンは胸元見えるくらい開けて、手首にはなんか皮ひもっぽいの巻いてる。下に黒のタンク着てるから、エロくはないけど。制服でもそれなりに、ロックっぽい。  他のメンバーも髪型いじったり多少着崩したりアレンジしたりしてちょっとカッコよく着てるけど、廉は普通にさっき会ったときと同じ。ネクタイと腕章は外してる。半袖シャツに、グレンチェックのスラックス。髪もいじってない。  でも一番かっこいい。何もしなくても、いつものまんまで一番かっこいい。ギターのストラップ肩に掛けてるだけで、もうめちゃくちゃかっこよくて。何時間でも見てられるよね。  見つめていた僕の視線に気付いたのか、廉が僕を見上げた。小さく手を振ると、廉も軽く手を上げてくれる。  他のメンバーも廉の視線で僕の居場所に気付いた。新庄や類が、会長~!!とぴょんぴょんしながら、手を振る。仕方なく手を振り返すと、下から黄色い声が響く。  あいつらのせいで妙に目立ってしまった。とんだとばっちりだ。    そうこうしてるうちに、もうすぐ開演時間だ。  館内の照明が落とされたけど、ドアも窓も全開だから、全然暗くならない。雰囲気が出なくて申し訳ない気持ちになったけど、舞台上はちゃんとライト当たってるし。ま、健康的でいいか。と思う。  演奏が始まった――。  MC無しなんだ。確か6曲やるんだったよね。あとアンコール掛かれば一応2曲用意してるって言ってたっけ。この感じだと掛かるよね、アンコール。1曲めから凄い盛り上がり。  新庄は2年生だけど、あとは全員3年生だ。ドラムとベースとギター二人にキーボードとパーカッション、とボーカル。結構ちゃんとした構成で、演奏も上手い。今回はツインギターにしたくて、廉に声掛けたんだなと思う。  軽音楽部は今部員少ない方だよね。たしか。  この学院の運動部は偏ってて、武道系しかない。剣道、柔道、空手、合気道、弓道、その5つだけ。 僕は対戦系は苦手で、ゲームですら最弱だから、運動部の選択は弓道一択だった。  普通の運動部に入りたい人は、聖ステファノ学院ではなく、聖ステファノ学園に行く。スポーツ推薦枠もあるし。  学費免除とか奨学生みたいなのは、学院は一切ない。  学園の方は至って普通の裕福な家庭の子女向け共学校だ。そしてこっちの方が、私立の最難関クラスの一つである聖ステファノ大学の付属高校として、全国的にもメジャーだった。  で、運動部の選択肢が少ない代わりなのかなんのか、なぜか文化部はびっくりするくらいいっぱいある。3名以上部員がいれば割と簡単に創部の許可が下りるので、やたらと数が多すぎて分散してしまうのだ。  創部時に3名いれば、その後はもし1人になっても活動が続けられるし。落研なんて、今2名だ。それでもちゃんと活動と発表の場が与えられる。  少ないとはいえ軽音は、ちゃんとバンド組める人数いるからマシだし、これだけ上手くてこれだけ集客できるなんて立派だよね。  一曲目の演奏が終わってから、ボーカルの新庄が挨拶をして、メンバー紹介する。 新庄は2年生だけど、声もいいし、トークも上手。来年も安泰かな、軽音は。中等部の子も来てるだろうから、入部希望者増えそう。  2曲目が始まった。  予定のリストを見た限りでは、ハード系のロックと、バラードと、あと流行りの曲も取り入れて、バランスの良い選曲だった。  今やってる曲、ドラム激しくて身体に響く。  要のドラムって、良いよね。見た目と音のギャップはホント凄い。萌えるの分かる。ドラムが上手いバンドって、安心して聴いてられる。  アンプとかスピーカーとか、機材もいいの揃えてるなぁと思う。こんな開けっ放しの体育館なのに、良く響いて、音もクリアで割れたりもしない。新庄の歌も、凄くよく伸びて響いてくる。予想以上にレベル高くてプロのライブみたい。ちょっとびっくりした。  廉はサイドパートで目立たないように控えめにやってる。コーラス用か、前にマイクスタンドが置かれていた。廉の声を聞きたかったけど、やっぱりコーラスじゃあんまり聞き取れない。  助っ人に徹してるからか、全然前に出てこない控えめな感じがクールで、実は逆にカッコいいって、わかってるのかな廉は。  体育館全体が震えるような歓声。新庄が一緒に歌おうって煽るから、メジャーな曲は観客もみんな歌ってて、突き上げるような音の渦の中、僕も歌ってた。大きい声で歌っても紛れてしまうから、恥ずかしくない。  楽しくて、あっと言う間に終わってしまいそう。予定の曲はもう、これで終わりかな。  そういえば先週、廉が弾いてくれた曲、演らなかったなと思う。まぁ1週間じゃ無理だよね。  そう思いながら、眺めていると、6曲目の演奏が終わった。  新庄がスタンドからマイクを取って、話し出す。  「ありがとうございます! 一応今ので、予定してた曲は終わりです」  会場中から、え~!!とブーイング。気持ちは分かる。  「が、今回、もともとうちのメンバーであるドラムの河野に加えて、今回助っ人として類さんと廉さん、合わせて3名も生徒会メンバーが参加してくださってるという奇跡」  黄色い歓声が上がって、廉たち生徒会メンバーの名前が叫ばれる。男の声も混ざってる。  「生徒会役員の方がたも、この学祭が終われば引退です。せっかくのこの機会、特別にもう一曲、――会長に歌ってもらいまーす!」  新庄が、僕を見上げて叫んだ。  は??? 僕?? 事態が呑み込めてない僕に一斉に視線が集まる。きゃー!に加えてうぉー!も混ざる大歓声。固まる僕に、  「茨木会長~! ということなんで、降りてきて下さーい」  手を振りながら、新庄が云う。  いやいやいやいや、無理無理無理無理! 手と首を振りながら後ずさる。そこで演奏が始まった。  ――これって。廉が弾いてくれた曲。…待って待って、そういう意味じゃなかったよね? 学祭でやれば?って、そういう意味じゃないから!  流れる演奏をバックに、新庄はしつこい。  「会長~。時間押しちゃいますよ~。この空気でもう逃げるとか無理っすよ~。俺もフォローしますし、音外しても歌詞間違えても怒んないから~」  子どもに云うような言い方に、笑いが起こる。それでも降りたくない僕に、  「諦めて降りて来い、馨」  廉が云う。マイク越しのイイ声。ひゃあって悲鳴上がってる。  …しょうがなく僕は、下に向かった。  階段を下りた先は舞台の袖に繋がっている。紡が笑って、水のペットボトルを渡してくれた。一口飲んで、舞台に出る。  スポットライトが眩しくて、目が開けられない。  歓声の中、眩しさに目を逸らして廉の方を見たら、手招きされる。いつのまにかアコースティックに持ちかえていた。  廉は寄って行った僕の腕章を外して後ろのポケットに突っ込むと、流れるような素早さで、僕の襟元からネクタイを抜く。それを自分の首に掛けた廉に、シャツの第一ボタンを外された。悲鳴のような歓声がうるさい。  「あのときみたいに、俺のために歌って?」  耳元に囁いて、僕を前に押し出した。背中を押す様に、演奏が始まる。  ばか廉。マイクスタンドの前、僕は眩しさに目を閉じて、息を吸った。  リズムに乗せて歌いだす。マイクの響きが綺麗で、自分が上手くなった気がする。  マイク越しの僕の声は、なんだか自分の声じゃないみたい。  でも、周りから包まれるような音のうねりにのせて歌うのは、気持ちよかった。  目を開けたら、たくさんの観客。ステージの上だってことを思い出して怖くなる――。  僕は目を閉じて、廉の部屋、楽譜の散らばったベッドの上、ギターを奏でる廉の小さく揺れる肩を思い出す。廉のために歌うなら、怖くない。それがわかってて、廉はああ言ったのかな。  ――わかってる?廉。廉の言うことなら、僕はなんだってきくってこと。  2番まで途切れなく歌って、間奏でようやく息をつく。息継ぎが上手く出来なくて、酸欠で倒れそう。  僕はマイクをスタンドから外して、間奏が終わる前に廉の横に移動した。廉のソロにのせて、歌う。  廉のために歌ってるよ?――目が合うと、廉が小さく微笑った。  ギターソロが終わって、戻ってきた音の波に押されるように、前に戻る。今まで大人しく聴いてくれていた観客の歓声が大きくなる。一緒に歌ってくれてる人も。あと少し。  歌いながらちらっと新庄の方をみると、全然フォローする気は無いようで、笑ってサムズアップしてみせる。覚えてろよ、新庄。と軽く睨んで、最後のフレーズを歌い終わる。――まぁ、気持ちよかったけどね。  僕はぺこりとお辞儀をして、演奏が終わる前にさっさと舞台からはける。通りすがりに廉の首からネクタイを取り返して。
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