死神の家

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気がつくと、私は病院のベットにいた。 ちょうど様子を確かめる為にきた看護師が、慌てて病室から出て行くのを横目で見て、あぁ、私も遂にかと他人事の様に考える。 「…私の病気というのは、ガン、でしょうか?」 先程出て行った看護師が医師を連れて病室へ入ってきて直ぐに、私は医師に質問した。 「…はい。末期の膵臓ガンで、肝臓への転移もみられます。ここまできますと治療も難しく、余命は…一ヶ月程かと思われます」 「そうですか」 不思議と驚きはしなかった。何となく、そうだろうなという気がしていた。何せ父や弟と同じ病だ。うっすらとあった、いつか来るという恐怖が無くなって、清々しさすら感じる。だから私も寿命がきたのだと受け入れて、それでも結局、生に縋り付きたくて、私は少ししか伸びないであろうそれの為に、闘病生活を始めた。 始めて一週間、もしかしたら治るかもしれないという希望を抱き、二週間目に窶れはじめた自分を見て死への恐怖を感じ、三週間目に変わり果てた自分を見て生を諦めようと決意した。そして四週間目___ 「あの、治療はもういいです」 「最期に、行きたいところがあって」 あとほんの少し残った時間を使って彼女に会いたいと思った。 私はもう自分ではうまく歩けなくなっており、家族もいない為、友人が私を彼女の元へと連れて行ってくれた。そうやってその場所に辿り着いて、けれど私を精一杯楽しませようとして、それでも悲しげな顔を隠せないでいた友人はいつの間にかいなくなっていた。 「こんにちは」 「こんにちは。随分と、お痩せになりましたね」 きっと気を遣ってくれたのだろうと、密かに胸の中で友人に感謝しながら、私は真っ直ぐに彼女をみた。前回会った時とあまり変わっていない。ただ、今日は彼女が手に彼岸花を持っていて、それは今にも枯れてしまいそうなものだった。 「ふふっ。こんな姿で申し訳ない。なにせ色々とありまして…」 「えぇ。わかっております。ところで、今日はどうしたのですか?」 「貴女とお話をしたいと思ったのです」 「その選択を、後悔していませんか?」 「どうでしょう。ですが、もう後悔などない身ですので」 「そうですか」 それから、私は彼女に私のことを話した。もう死んでしまった家族のこと、死にそうな私のこと、優しい友人のこと。彼女はどれも真剣に聞いてくれて、けれど、どこか傍観者のようにただただ私の話を聞いている。そうやって話しているうちに、また生が恋しくなって、死神であるという彼女に少しだけ本音を漏らしてしまった。 「___私が撮ったこの写真もいずれは朽ちてなくなる。私は、いなくなるのでしょうか」 「それは…」 「この気持ちが不敬であると、思ってはいけないことだとわかっています。けれど、死を目前にした今。私はどうしても貴女を羨ましく思ってしまうのです」 「消えない貴女が、朽ちない貴女が、そこに在り続けられる貴女が」 俯き、自分の浅ましさに嘲笑しながら顔を歪め、手で覆う。 「私は___」 彼女がどんな顔をしているかもわからない。けれど、少しだけ声の雰囲気が変わったのがわかる。 「私は貴方が羨ましいです」 少し、驚いた。そんなことを思っていたなんて。 「貴方のその輝きが、美しさが羨ましいのです」 「私には、朽ちるからこそ生まれるその美がありません。ですから、私は___」 「それでも……それでも貴女は変わらず美しい」 彼女の言葉を遮って、私はゆっくりと彼女を見た。 確かに、確かにそうかもしれない。一瞬は永遠と等しい程の価値を持っているのかもしれない。同じように輝いて見えるのかもしれない。けれど私は ___無力だと言って死んだ父を見た。 ___残念だと言って死んだ母を見た。 ___ごめんねと謝罪して死んだ弟を見た。 だからそれが美しいとも輝いているとも思えなかった。私もそうやって死んでいくのかと思うと、悔しくてたまらない。 「…私は写真を撮っている時、もしかしたら私を残せるのではないかと思っていました。その瞬間を切り取り、保存する。だから時を止められているのではないかと」 「しかし、そうではなかった。それは色褪せました。それは朽ちました。それは脆く、決して時を止める物などではありませんでした。だから私は…」 そうして縋るように彼女を見て、また自分に酷い嫌悪感を抱く。 「すみません。今になって、焦ってしまって」 「いえ。……ですがやはり、私はそんな貴方を羨ましく思うのです」 「永遠ではない、その命を最期まで諦めないその姿は、羨ましいほど輝いてみえます」 こんな醜い姿なのに、みっともない姿なのに、それでも彼女は私が輝いているという。 「貴方は、とても美しい」 彼女は微笑んだ。花を愛でるように私に触れて、壊れないように私を抱きしめる。 「___」 あぁ、そうか。私は___ 男が見つかった。 最期に来たいと言った場所で突然消えた男は、優しい顔で眠っていた。 ___その膝に枯れた彼岸花をのせて。
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