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放課後のあいつと私
帰り道、私はため息をつきながら歩いた。
「やっぱりいきなり運動部に入るのは無謀だったかなあ……って、あ」
交差点の角にある自動販売機で私は足を止めた。
「これ、CMでやっていたピーチサイダーだ! 飲みたい! でも炭酸はヤバいよね。でも、でも……ええい、今日はいっぱい運動した。飲んでもプラスマイナスゼロだ!」
小銭を入れてボタンを押した。ピンク色のラベルのペットボトルが出てくる。
「あれ……」
力いっぱいキャップをひねっても開かない。
「よお、何してんの」
顔を上げると、夏木が立っていた。
「ほら、貸してみろ」
彼は私からペットボトルを受け取ると、いとも簡単にキャップを開けた。炭酸のはじける音が響く。
「ありがとう」
お礼をいったものの、本当は私なんかに構わず素通りしてほしかった。きっと彼は部活で私のどんくさいプレーを見ていただろう。
ああ、また情けないところを見せちゃったなあ。
彼からペットボトルを受け取った。
「じゃあ、また明日な」
「明日って、あんた試合じゃん」
夏木は「あ」といって少し顔を赤くした。
「そ、そうか。明日は会えないんだったな」
何よ、会えないのがさみしいみたいにいわないでよ。
「……それじゃあ、明後日会おうな」
彼は足早に歩いていった。私はペットボトルを見つめた。
「あったかい……」
彼がつかんだところは熱を発しているようだった。ほんの一瞬しか彼は触れていなかったのに。触っていると、じりじりと痺れてくるような気さえした。
公園のブランコに乗りながら、ピーチサイダーをひとくち飲む。胸やけするくらい甘ったるい炭酸を惜しむかのように口に含んだ。
「『明後日会おうな』……かあ」
炭酸が喉を通るたびに、彼の言葉が私の心の底に落ちていった。
どうしよう。どうしよう。
こんなつながりを持っちゃったら、またあいつから目が離せなくなる。
「もう、意識させること言いやがって!」
大きくブランコを漕ぐとサイダーを一気飲みした。
ベンチの横にあるくずかごに向かう。蓋をブレザーのポケットにしまい、ペットボトルの本体だけを捨てた。
誰にも気づかれぬように、私は走り出した。
彼がくれた温もりが消えないように、ポケットに忍ばせたキャップをギュッと握りしめて。
走っているうちに手に汗がにじんでくる。
夏木にとっては、ただの親切なのだろう。でも私にとっては大事件だ。
これからも、私を見てくれるかな。声をかけてくれるかな。私から声をかけちゃおうかな。
どうしよう、どうしよう。
こんなにドキドキするのは走っているからじゃない。きっと、私は――。
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