ひと夏の虚像

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 一仕事終えたので二階に上がる。以前はここに住んでいたが、僕が中学生になったこの春からは近所のアパートで寝起きしている。たばこ屋の跡地を借りて営む小さな焼鳥屋の二階は、父と子の二人暮らしには少々狭すぎた。アパートに越してから暫くは、店で出す酒類の倉庫として使っていたが、この夏は違う。    ここには今、僕の弟子が住んでいる。  彼がこの商店街にやってきたのは、夏休みが始まる直前だった。昔の友達の息子ということで父さんから紹介されたその子は、人懐っこい笑顔を僕に向けて、ぺこりとお辞儀した。 「俺はりょうご。小学校三年生です!」  仕事の都合で、この夏は両親ともに海外らしい。どうやら親戚中をたらい回しにされていたみたいで、それを耳にした父さんが、だったらうちで預かると名乗り出たそうだ。仕事で海外なんて言葉を聞いて、僕も初めは身構えたけれど、りょうご君自身はどうってことのない普通の子だった。はきはき、にこにこしていて、つい何かしてあげたくなるような、とても素直でいい子だった。  ふすまを開けると、サーキュレーターの前に陣取って携帯型ゲーム機にかじりつく後ろ姿が見えた。ひどい猫背だ。まんまるに丸まった背骨を人差し指でなぞる。ひゃっと肩を躍らせて、りょうご君は顔を上げた。笑顔が眩しい。 「あ、師匠! おかえり」  多分この人差し指が、僕を師匠たらしめているのだと思う。他に思い当たることは無い。強いて言うなら、なけなしの小遣いを崩して、リサイクルショップで見つけた旧型のゲーム機を買ってあげたくらいか。店主のおっちゃんがあまりにも安くしてくれたので、申し訳なくなって、当初は予定になかった僕の分まで購入した。 「ねえ師匠、このアイテムってどこで手に入る?」 「ああ、復活の秘薬やな。ええっと……どこやったっけな」  お互いにゲーム素人だった僕たちは、右往左往しながら手探りでストーリーを進めてきた。熱中して、気付けば夕方になっていたなんてこともざらで、こんなに楽しいのは久しぶりだった。弟ができたみたいで、家族が増えたみたいで、この五年の虚しさが、たった数日で埋められていくような、そんな錯覚すら覚える。  親が海外出張に行くくらいだから、家庭はそこそこ裕福なはずだけど、りょうご君もゲーム機を持ったことはないそうだ。きっと両親が厳しいのだろう。父さんも昔は、「ゲームなんて要らんやろ」と口癖のように言っていたのだが、今回は購入を報告しても「まあ、ほどほどにな」とだけ呟いて、あっさりと認めてくれた。りょうご君が来てからは、外食に行く機会も増えたりで、なんだか嬉しいこと続きだった。彼の両親が帰って来るのは八月の中旬らしいけど、その後も交流が続くことを、僕は切に願っている。
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