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彼女からすれば、私もそうなのだ、と心亜は思ったが、そう思うことで気楽にもなり、あれこれ質問をしたりされたりするうちに、デザートが運ばれてきた。
「わあ、見て!」
パンナコッタに苺のソース、小さく切られたブラウニーに生クリームが添えられたもの、それからピスタチオシャーベットに、星の飾りが載ったもの。
「ワインは飲まないの?」
注がれたワイングラスに、彼女は食事中、一度も口をつけていない。だからこそ、デザートになっても、ワインは置かれたままになっている。
「さすがに療養中だから」
「勿体ない」
「山口さん、飲めるなら飲んでよ。昔からの習慣でつい頼んじゃうんだ」
「今は治療のどの段階なんですか?」
「癌はだいたい取ったし、転移もないみたい。身体のことより、生活のほうが心配かなあ」
一度退職した職場に、また面接を受けに行くことになっている、と彼女は言った。
店を出ると、どこで別れたらよいのかわからず、表参道の街を逍遥した。冷たい風のなか、電飾のコードを引く作業員が木々にとりつき、時折まばらにそれを光らせた。
「ああ、今日はよく眠れそう」
と発電機の騒音を聞きながら、美琴がうーんと伸びをした。コートを着せかけた弥次郎兵衛みたいにフラつくので、心亜が腕をとった。
「眠れない夜、あるんですか?」
「あるよ。おやすみってツイートした後、何時間も起きてる。今日は良き食事ができたから……きっと大丈夫。なんかそんな気がする。ねえ、またご飯食べられたらいいね。うちに来たら私作るし」
二人で地下の改札へ続く階段を降りていく。心亜は、いいですね、と軽く答え、彼女とは反対方向のホームへ進む。線路と柱の向こうから、美琴はこちらへ手を振ってくれた。
これではまるで友達だ。
心亜が手を振りかえした時、間に地下鉄が滑り込み、彼女の姿は見えなくなった。
心亜は乗り込む人の頭越しに窓を覗いた。
サーモンピンクの帽子を探したけれど、彼女はもうすでに移動したのか見つからず、灰色のホームと黄色いライン、ぼんやりと佇む無数の人々だけが滲み、遠く後ろへ過ぎ去っていった。
(了)
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