嵐の後のパンケーキ 窓辺の知らない君

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嵐の後のパンケーキ 窓辺の知らない君

 君が来る様になってから、僕は、窓枠の出っ張ったところから香草(ハーブ)の苗や、緑の鉢植えを退かした。  僕はスキレットを普通のサイズと、うんと小さめのサイズを戸棚から取り出す。鶏卵、牛乳、ホットケーキ粉に天麩羅粉、それに砂糖(シュガル)。それだけで出来る、パンケーキ。パンケーキと言っても薄い、クレープが膨らんだみたいな。北欧の方のものらしい、以前樹液を取りに森に訪れた旅人から習ったのだ。  熱々のスキレットに薄く切ったバタを溶かして、じゅわわっ、生地を流し込む。そのまま十五分。甘い香りがオーヴンから流れ出したら、それを嗅ぎつけた君が足音も無く、窓辺に現れる。 「まだだよ、」  僕が流し目でぶうたれると、君は。 「君は気配を読むのが上手くなったなあ。」 と、減らず口を返すピンとしたふたっつの耳、ゆらゆら揺れる長めの尻尾。  僕は鍋つかみでスキレットを取り出し、(シロップ)をたっぷりかけて、檸檬を添える。  天鵞絨(びろうど)の様な真っ黒な肢体、前脚で顔をなめなめ洗っても、この街の天気が崩れない事を、僕は知っている。 「今日は晴れたね、」 「でも昨日の強風で川の流れが溜まってる橋の方なんか手紙だらけさ。」  僕がもぐもぐ口を動かしながら聞くと、君は熱々のパンケーキが冷めるまで、僕のお喋りに付き合ってくれる。 「拾いに行こうかな、」 「そうすると良いよ、雲の上郵便局はてんてこ舞いらしいから。」 「お口に合ったかい、食べ終わったら手紙が落ちていないか見に行こう。」 「まあまあかな。僕は行かないぜ、毛繕いに忙しいんだから。でもどうしてもって言うなら仕方ないかもね。」 「木枯らしの捕まえ方が僕は下手くそだから、道すがら君に教えて貰おうと思ったのに、残念だなあ。」 「あいつらを捕まえるなんて君には百年早いさ、コツを知りたい?」  さっと僕の足元から楽しそうに喋りかける、君。  君は僕の名前を知らない、僕は君の名前を知らない。多分、それが僕らには丁度良い。  それはきっと、こんな物語。
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