秋空羊飼いの行方 窓辺の冷えたミネストローネ

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秋空羊飼いの行方 窓辺の冷えたミネストローネ

 (そら)が高いなあ、僕が窓枠に寄っ掛かり、上を見上げると羊雲がめえめえと、広大な青空に行列を作っていた。  此の時季の空はとても楽しい。雲が、かわるがわる、棚引いたり、鴇色に染まったり。忙しない様でいて、どこか優雅さを感じるからだ。  秋空羊飼いはどこに行ったのかな?首を傾げた僕の肩横を撫でる様に、するり。君が音もなく入って来た。  ピンとした、ふたっつの耳。野焼きの煙みたいに(くゆ)る、尻尾。 「全く、奴らにはなんで僕の前脚が届かないんだ。」 「そりゃあ、そうだよ。だって君は飛べないし、仮に羊雲に君の前脚が届いても、空を切るだけさ。」 「ふうん、君、今日は本当に面白くないなあ、」  正論、ってさ、もっともらしく言ってるけれど、ずっと頭がカチコチ時計になってからで良いのさ、と君が鳴く。  それも、そうだ。  僕は真面目に答えた自分が何となく馬鹿らしくて嫌になり、窓枠に頬杖をついた。  あーあ、いつから僕はこんなに頭がカチコチになっちゃったんだろう?この前、鉱物(イシ)を食べ好きちゃったから、とか?まるで、つまんない奴だ。  君はそういう僕の気持ちを察して、すぐさま僕の腕の横に、後ろ脚をきちんとして座ってくれる。 「君の頭ン中には大いなる魔法が詰まっていると言うのに!」  ぷにぷに。うん、そうだね。君の肉球にも大いなるぷにぷにが宿っているよ。  顔を上げて、(そら)を見る。秋空羊飼いはまだ見当たらない。 「僕は怒り心頭だ、でも不機嫌のもとは大体お腹が空いた時、って決まってる。」 「……赤茄子(トマト)のごった煮、食べるかい?」 僕が、ぐずぐず、言い淀むとすかさず君は、 「解ってるじゃあないか。」 と鳴いてくれた。  秋口の赤茄子(トマト)はこっくりと濃いめの味で、ソースにとっても向いている。鍋にざくざく刻んだ野菜を放り込み(勿論、君が食べたら駄目な野菜は外す)ソースを何匙か入れて様子を見る。ふむ、こんな塩梅(あんばい)かなあ。後は、ことこと、じっくり煮込むだけ。  ごった煮はつまり、ミネストローネ・スープの事だ。  丸い木皿に一人と一匹分、よそう。 「ねえ、君はさ。」 「うん?」 「僕をいつもしゃんとした道に導いてくれるよね。何でか解らないけどさ、僕はここでしっかりありがとう、って君に言わなくちゃ、僕は僕が許せないや。」 にゃ、と君は前脚を忙しなく舐める。 「こ、こんな事でそんな、お、大仰だなあ、君は!だって(まこと)の事じゃあないか!」 にゃにゃにゃ。前脚で顔をなめなめ。どうやら照れているらしい。  僕も、ちょっぴり照れ臭い、でも君にこのとびっきり素敵な提案を伝えなくちゃ。 「ねえ、雲の上郵便局に行こうよ、紅葉絨毯に乗ってさ、木枯しにからっ風を吹かせて、羊雲を追いかけよう!」 「へえ、君にしてはナイス・アイディアじゃないか。……ん?まさか君、僕が牧羊犬じゃあないよね?」 「羊飼いには、息がぴったりな最高の相棒(パートナー)が必要だと思うけど?」  素知らぬ顔して僕は君に、言う。君は少しぽかんと小さめの口を開けてから、チェシャ猫みたいに、にんまり笑った。笑い鳴いた。 「それじゃあ、僕しか居ないって訳だ。」  冷えたミネストローネを急いで食べた君は、口まわりをべしょべしょにさせて、僕を急かす。「これは君にしてはまあまあだね、」なんて鳴きながら。 「僕は先に街路樹通りで紅葉絨毯を捕まえとくぜ、」 「君はいつも早過ぎるか、遅過ぎるか、なんだから!」  その後、僕らは羊雲に埋もれて、ずうっと夢をみていた秋空羊飼いをたまたま助けて、お礼にぴかぴか黄金(きん)色に光る木の実を貰ってしまう……。  なんて、きっとその御話は、またの頁で。  君は僕の名前を知らない、僕は君の名前を知らない。多分、僕らにはそれが丁度良い。  それはきっとこんな物語。 947b8a2c-3110-4141-a032-9a3f8bdc84d7 b6edc539-e923-4707-8716-b0455ef22fa6
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