4人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
秋空羊飼いの行方 窓辺の冷えたミネストローネ
天が高いなあ、僕が窓枠に寄っ掛かり、上を見上げると羊雲がめえめえと、広大な青空に行列を作っていた。
此の時季の空はとても楽しい。雲が、かわるがわる、棚引いたり、鴇色に染まったり。忙しない様でいて、どこか優雅さを感じるからだ。
秋空羊飼いはどこに行ったのかな?首を傾げた僕の肩横を撫でる様に、するり。君が音もなく入って来た。
ピンとした、ふたっつの耳。野焼きの煙みたいに燻る、尻尾。
「全く、奴らにはなんで僕の前脚が届かないんだ。」
「そりゃあ、そうだよ。だって君は飛べないし、仮に羊雲に君の前脚が届いても、空を切るだけさ。」
「ふうん、君、今日は本当に面白くないなあ、」
正論、ってさ、もっともらしく言ってるけれど、ずっと頭がカチコチ時計になってからで良いのさ、と君が鳴く。
それも、そうだ。
僕は真面目に答えた自分が何となく馬鹿らしくて嫌になり、窓枠に頬杖をついた。
あーあ、いつから僕はこんなに頭がカチコチになっちゃったんだろう?この前、鉱物を食べ好きちゃったから、とか?まるで、つまんない奴だ。
君はそういう僕の気持ちを察して、すぐさま僕の腕の横に、後ろ脚をきちんとして座ってくれる。
「君の頭ン中には大いなる魔法が詰まっていると言うのに!」
ぷにぷに。うん、そうだね。君の肉球にも大いなるぷにぷにが宿っているよ。
顔を上げて、天を見る。秋空羊飼いはまだ見当たらない。
「僕は怒り心頭だ、でも不機嫌のもとは大体お腹が空いた時、って決まってる。」
「……赤茄子のごった煮、食べるかい?」
僕が、ぐずぐず、言い淀むとすかさず君は、
「解ってるじゃあないか。」
と鳴いてくれた。
秋口の赤茄子はこっくりと濃いめの味で、ソースにとっても向いている。鍋にざくざく刻んだ野菜を放り込み(勿論、君が食べたら駄目な野菜は外す)ソースを何匙か入れて様子を見る。ふむ、こんな塩梅かなあ。後は、ことこと、じっくり煮込むだけ。
ごった煮はつまり、ミネストローネ・スープの事だ。
丸い木皿に一人と一匹分、よそう。
「ねえ、君はさ。」
「うん?」
「僕をいつもしゃんとした道に導いてくれるよね。何でか解らないけどさ、僕はここでしっかりありがとう、って君に言わなくちゃ、僕は僕が許せないや。」
にゃ、と君は前脚を忙しなく舐める。
「こ、こんな事でそんな、お、大仰だなあ、君は!だって真の事じゃあないか!」
にゃにゃにゃ。前脚で顔をなめなめ。どうやら照れているらしい。
僕も、ちょっぴり照れ臭い、でも君にこのとびっきり素敵な提案を伝えなくちゃ。
「ねえ、雲の上郵便局に行こうよ、紅葉絨毯に乗ってさ、木枯しにからっ風を吹かせて、羊雲を追いかけよう!」
「へえ、君にしてはナイス・アイディアじゃないか。……ん?まさか君、僕が牧羊犬じゃあないよね?」
「羊飼いには、息がぴったりな最高の相棒が必要だと思うけど?」
素知らぬ顔して僕は君に、言う。君は少しぽかんと小さめの口を開けてから、チェシャ猫みたいに、にんまり笑った。笑い鳴いた。
「それじゃあ、僕しか居ないって訳だ。」
冷えたミネストローネを急いで食べた君は、口まわりをべしょべしょにさせて、僕を急かす。「これは君にしてはまあまあだね、」なんて鳴きながら。
「僕は先に街路樹通りで紅葉絨毯を捕まえとくぜ、」
「君はいつも早過ぎるか、遅過ぎるか、なんだから!」
その後、僕らは羊雲に埋もれて、ずうっと夢をみていた秋空羊飼いをたまたま助けて、お礼にぴかぴか黄金色に光る木の実を貰ってしまう……。
なんて、きっとその御話は、またの頁で。
君は僕の名前を知らない、僕は君の名前を知らない。多分、僕らにはそれが丁度良い。
それはきっとこんな物語。
最初のコメントを投稿しよう!