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七物語を始めよう
「もうすぐハロウィンよね?」
ぼくとセントがリビングのドアを開けた途端、あいさつの代わりにそんな言葉が投げかけられた。
変な雰囲気なのはすぐに分かった。
第一に、暗い。この家のリビングには窓がないから、電気が消えていれば日中でも真っ暗になる。そんな中、テーブルの上に置かれた小さなスタンドだけが点灯していて、オレンジの光で部屋をボウっと照らしている。
第二に、寒い。このところは暖かい日が多かったとはいえもう十月も半ばだというのに、冷房がついて部屋を冷やしている。
第三に……声の主がいかにも上機嫌だ。この人ときたら他人をからかったり困らせたりして喜ぶ厄介者だから、それが愉快そうにしているということは周りにいるぼくたちにはろくなことが起こらないのである。
ぼくとセントは顔を見合わせ、部屋に入らないままおもむろにドアを閉めてしまおうとした。
「早く入って。人数足りないんだから」
が、遅かった。妙に俊敏に近寄ってきた声の主、リョーコは閉めかけたドアをこじ開けてぼくたちを部屋に引きずり込んだ。
「足りないって、何にだよ。生贄?」
セントの憎まれ口に、リョーコは返事をせずただ不気味に笑った。
「シンはいつ来るの?」
兄弟のことを聞かれて、ぼくはむっと唇をとがらせる。
「知らないよ。なんであいつがどこでどうしてるかをぼくが知ってると思うわけ?」
「あら。だって双子じゃない。通じ合ってるんでしょ?」
リョーコがわざとらしい抑揚をつけてそう返してきたのを、ぼくはじろりとねめつけた。ぼくが嫌がるのを知っててわざとああいう言い方をしてる。どう考えても嫌な女のすることなんだけど、リョーコだから、と思うとなんとなく許さざるを得ないような気になってしまうから不思議だ。
「シンなら公民館で灯篭作ってるって。今日は来ないかもよ」
答えたのは、テーブルの端にさりげなく腰かけたクダだった。いつも通り文庫本を開いていて、穏やかな顔で「おつかれ」とあいさつしてくれる。
「灯篭ってアレかね、土曜のお祭りで使うやつ」
鞄を椅子の上におろしたセントがキッチンの方に向かう。
「うちの子たちが踊りに出るっていうから僕も行かないといけないんだ。でもここんとこ天気が心配だろ、雨降ったらどうすんだか。うちの担任、いまいちしっかりしてないしさ――おい、コジも手を洗えよ」
いつもの小言に生返事をして、それでもおとなしく石鹸で手を洗った。小学生の弟妹が二人いるセントは、自分も小学生みたいにちっちゃいくせに、しゃべることは完全に保護者なのだ。セントが言うにはお母さんもお父さんも『しっかりしてない』らしく、セントが家のことを取り仕切らないと仕方ないらしい。
「あれ。おい、またポット空だぞ。飲み切ったらお湯足しとけよな、まったく」
ぶつくさ言いながらもセントはポットに水を注ぎ足して沸かし始めた。
「っていうか、説明はまだ? なんで電気消してんのさ」
椅子に腰かけながらぼくが質問したそのとき、またリビングのドアが開いた。目をキラッと光らせたリョーコがすばやくドアに駆け寄る。
「――寒っ! 何これ、なんでこんな寒いの!?」
ドアを開けるなり聞こえてきたミナの金切り声は、またも逃げる暇なく部屋の中に引きずり込まれたようだ。バタン、とドアの閉まる音が響いた直後、リョーコがいかにも面白そうな声で宣言した。
「七物語をやるわよ」
なんだそれは。
リョーコが言い出す提案はたいていろくなことではないが、その発想力と行動力だけは認めざるを得ない。その能力を人の役に立つことに活かせばいいのに、彼女は人の迷惑になることの方が好みらしい。
まあ、人の役に立とうとして逆に迷惑を掛ける人間の方がタチが悪いけど。
「はあ?」
リョーコに背中を押されてやって来たミナが真っ先に声を上げる。
「何? ってか状況が全然わかんないんですけど! なんでこんな暗いのよ?」
「寒くて暗く感じるのはこの世ならざるものの気配かもしれないわよ……」
リョーコの不気味なささやきに、ミナはあからさまに顔をしかめて彼女を見返した。
「……怪談やるってこと?」
「そうよ。ほら、だから早く座って」
最初にハロウィンだなんだと言っていたのは怪談に話をつなげるためだったのか。というかハロウィンって、話しじゃなくて衣装をホラーにする日じゃないのか。
いまいち納得しかねるが、セントの方は特に気に留めた様子もなくクダの隣に腰かけた。
「それを言うなら百物語じゃねえの?」
「七不思議と混ぜてるんじゃないかな」
「さすがクダくん、察しがいいわね。ほら、オリジナリティって大事でしょ。既存のものを融合させるのが創造の第一歩なの。それに百話も話してたら今夜帰れなくなっちゃうし。七話なら一人一話でちょうどいいじゃない?」
「ちょうどいいって、七人もいないじゃない」
「シンがきっとそのうち来るわよ」
「……それでも六人でしょ」
「え?」
ミナの突っ込みに、リョーコがけげんな声を上げる。
「何言ってるのよ? 今ここに六人いるんだから、シンが来たらちょうど七人でしょ」
「は?」
今度はミナが頓狂な声を上げる。それからさっと周りを見回して、ぼくたちの数を指さし数えた。
ぼく、セント、クダ、リョーコ、ミナ……どう見ても五人だ。
では、リョーコの言う六人目というのは……?
ミナがぼくと同時にリョーコに向き直って、目を丸くしているのが分かった。
「リョーコ、あんまり怖がらせたらかわいそうだよ」
クダにたしなめられたリョーコは、にやっと笑うと優雅に椅子に腰を下ろした。
たぶん、今ここに六人いる、のセリフはいつものようにぼくたちをからかっただけなのだ。あえてそうと認めず思わせぶりな態度をとるのもいつものこと。
だから怖がる必要なんて一つもない。そうだ、だいたい怪談なんかに怖がるのはあいつみたいな子供だけなんだから。
ぼくはみんなに聞こえないように息をのみ、空いている椅子に腰を下ろした。
「あたし別に――怖がってなんかないわよ!」
一人立ったままだったミナも、涼しい顔をしているクダを恨みがましい目でちらっとにらみ、結局席に着いた。すぐ怒ったり文句言ったりするミナだけど、その負けず嫌いっぷりにはちょっと親近感を覚える。そのせいでリョーコみたいな人の悪い連中に振り回されるところにも、なんだか共感できるのだった。
「ってかマジで寒いんですけど。なんで冷やすのよ」
「あら、怪談っていうのは本来冬にやるものなのよ。本格的な雰囲気を出してるの」
「またテキトーなこと言う」
ぼくらがテーブルを囲んだのを満足げに見渡したリョーコは、電気スタンドを自分の方にずいっと引き寄せ、静かに口火を切った。
「じゃ、私が言い出しっぺだし、私から話すわね――」
暗くて寒くてトラブルメイカーが上機嫌。
厄介なことが起こるとしか思えない状況に内心でため息をつきながらも、ぼくは彼女の慣れたふうな語り口調に耳を傾けた。
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