第二話

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

第二話

★よくある質問への回答 1 勤務地となる場所は、具体的にはどのような場所ですか?  この種の質問が一番多いのです。おそらく、この問いかけの意図するところは、働く場所一帯が、すでに放射能に汚染されているのではないか、という意味を含んでおり、皆様方の消しきれぬ不安が如実に伝わってきます。ですが、その疑念を拭うために、堂々とお答えしましょう。ご安心下さい。皆さんの勤務地となる、ロシアの第3機密工場の近辺は、冷戦時代に幾度もの地上核実験を経験しており、その土壌にも付近の河にも、そして、周囲を囲む海にも、人体に甚大な影響を与えるレベルの放射能がすでに染み込んでおります。この呪われた土地のことは、今さら立ち入り禁止の看板など、まったく必要ないほど、隣国にも知れ渡っております。つまり、膨大な数にのぼる核兵器の貯蔵場所には、うってつけの立地となっております(自国の領内に放射能に汚染された土地を広く所有するわけにはいきません。戦略上、できるだけ、特定の土地にまとめて設置したいのです)。  敷地内はすべて頑丈な鉄条網で包囲され、工場の全ての窓も丈夫な鉄格子で覆われているため、厳しい任務によって心を病んだ労働者による、突発的な脱走の企てなど、そもそも起こるはずもなく、一生ここに身を捧げるのだ、という思いを強く持って、外の世界には気を取られることもなく、集中して仕事に従事できます。また、付近は見渡す限りの原野となっており、鉄格子越しに外界を見回したとて、猫一匹、草木一本見ることもなく、ただ、黄砂にその身を叩かれた、痩せ細ったサボテンが所々で寂しそうに佇んでいるだけであります。仮に工場からの脱出に成功したとしましても、人間の足で20時間以上歩き通しても、どこにも頼りになる街も、教会も、民家もなく、絶望と悲哀の中で、声の限りに叫び続けましても、誰の助けを呼ぶこともできず、非力な己の力を、ただただ思い知ることになるわけです。 2 宿泊施設はありますか?  皆さんが働くことになります、地下40階の格納庫の中には、個別の仮眠所が設けられています。内部は壁も床も丈夫なコンクリート製となっており、一見して、とても寂しく、また寒々しい造りとなっています。部屋の奥の壁際には、簡素な木製の二段ベッドが設置されています。仕事の合間にでも、ご自由に利用していただけます。この仮眠所は地下数十階の深さにあるために、昼間でも薄暗く、その身に与える雰囲気はきわめて陰鬱であり、仕事前に瞑想でもなさって集中するためには、かえって最適ともいえるのです。部屋の片隅からは、プラスチック製の安っぽいホースが一本垂れ下がっており、そこで、顔や頭、手や足などを冷水で洗うことができます。  また、ほとんどの個室には、ダニ、ゴキブリ、ウジバエ、新種の巨大なムカデ、粋のいいどぶネズミなどが大量に生息しております。これらの生物の存在が、この部屋が例え高濃度の放射能に汚染されていたとしても、生物が十分に生きていけるのだ、ということを、十分に証明してくれています。これは『多少の放射線くらい浴びたとしても、人体には何ら影響はない』と常々主張してきた、我がロシア連邦の正統性を裏付けるものではないでしょうか。『多少の非現実性では人間は死なない』この実に力強い言葉は、皆さんが今後生きていく上で、大きな活力になることでしょう。これらの害虫が深夜になりますと、ガサゴソと部屋の暗がりにおいて、騒がしく動き回るため、「孤独に思えるような状況でも、人には誰しも仲間がいる、独りじゃないから寂しくない!」と、その騒音に呼応するかのように感情を盛り上げて喜ばれる方もいらっしゃるわけです。 3 仕事が嫌になったら、除隊の上で、帰宅することは出来ますか?  我がロシア連邦の軍民には、基本的に帰宅という概念はありません。また、応募した皆様とて、ロシアの凍土の下に、自分の骨を埋める覚悟をもって来られているはずです。一度でも虚勢を張ったわけですから、最後までその意志をまっとうされてはいかがでしょうか。あえて言うまでもなく、我がロシア連邦は全ての側面において、素晴らしい国なのです。ロシアにあと少し足りないのは道徳とモラルだけです。  あなたが任務にあたる、この軍事工場には、祈り、罰、恐怖、恐怖からの脱却、孤独、涙、仮眠、栄養失調による衰弱、病気、病気からの快方、死、極限のスリル、悪夢、希望と絶望など、人生にとって必要不可欠なものが、ほぼすべて揃っているわけです。その精神領域における必須要素が、すっかり弛緩してしまった、現代の日本においては、こうした緊張感が、自国にいては、およそ味わえないほどの充実感と快楽へと変わっていくはずです。  それでも、「もうこの仕事は怖いから嫌だ、祖国に帰りたい」と見苦しく泣き喚く方には、ロシアの最新医療をもちまして、脳に長時間に渡り、高圧電流を流して差し上げます。これによって、人格そのものに影響をきたし、洗脳することさえも容易に出来ます。操り人形や奴隷のように、意思を持たず、恐怖などに脅かされずに永遠とも思える任務を続けることが出来ます。さらに処置を進めていけば、すべての余分な記憶を、まっさらに消し去ることによって、充実した仕事に気持ちよく復帰することができるはずです。  ただ、正直に申し上げますと、この工場の長い歴史の中で、たった一名だけ、生存しているうちに、祖国へと帰還された方がいるのです。パキスタン人である、フェミ=シェラミさんがその方で、1975年から1995年までの、約20年間に渡りまして、この偉大なる仕事に従事されました。今、思い起こしますと、数十年にわたり、来る日も来る日も無心で爆弾の信管を叩き続けてこられたわけです。暇人としか表現できません。ここまで任務に忠実にやって頂ければ、単なるアルバイトにしておくのは勿体ないと、ついに評価されました。1997年に、その栄誉を称えられて、大統領からロシア栄誉勲章を授けられ、長年の念願だった除隊が、ついに許されたわけです。しかしながら、シェラミさんはこのときすでに身体が高濃度の放射能に侵されてしまっていたため、自力で歩くことができず、格納庫においてタンカーに乗せられて、地上まで運ばれ、そこから特別機に乗せられ、祖国へと向かいました。祖国パキスタンでは、長年ロシアによって拉致されていた民間人が、ようやく解放されたと、マスコミによって報じられ(それは一部、間違った認識でもあるわけですが)、シェラミさんは地元のテレビのインタビューにおきましても、「本当の悪がどういうものか理解できた」と潑剌とした笑顔で答えておられました。この一件はしかし、まことに稀有な例でありまして、現在において、『もし、20年間勤め続けたら、その見返りに家に帰してもらえるのか』と、尋ねられましても、それはきわめて難しいと言わざるを得ません。  ロシアの軍事機密、とりわけ核兵器に関わる情報は、ここで申し上げるまでもなく、国家最重要レベルの機密情報です。西側諸国がもっとも欲しがる内容も含んでいます。よって、それが外部へと漏れ出したことは、これまで一度たりともありません。ロシアの内部で渦巻く、すべての闇情報は各国の諜報機関の力をもってしても、グレイゾーンの範囲でしか、わからないわけです。皆さんはこの地で働くことによって、そのもっとも重要な一面を知ることができるわけですから、今さら望郷の念などを起こされずに、ただひたすらに黙々と働いていただきたいものです。 4 仮に核爆弾を叩いている最中に爆発してしまったなら、私の身体はどうなりますか?  このような一聴して間抜けとさえ思われるような質問も、遺憾ながら、多く寄せられています。こんなことは他人に聞かずとも、ご自分の頭で、ちょっとでも思考してみれば、誰にでもわかりそうなものです。全ての危険物資の維持管理が徹底されている、我がロシア連邦に限って、国際世論を騒がしかねない、爆発事故を発生させる、などということは、起こりえません。ただ、この世に100%起こらない事象などあり得ません。あの奇跡とも思えるビッグバンでさえ、この空間のどこかで現実に起こったからこそ、我々はこうして生まれて来れたのです。仮に皆さんが爆弾と接触した瞬間に爆発が起きたと仮定しますと、まず、核分裂反応による圧倒的な熱エネルギーにより、皆さんの身体は瞬時にナノレベルの細胞まで滅殺され(この際、熱や痛みを感じる暇さえありませんので、まったく安心なわけです)、次に付近の格納庫に貯蔵してある核兵器が、次々と誘爆を起こしていき、すでに粉微塵になった皆さんの肉体は一切の光も届かぬ地下から、遥かなる地上まで一気に吹き上げられ、さらに高度8000メートル上空まで舞い上がっていくわけです。  その先をあえて申しますと、そのままの勢いで大気圏を超えて、大宇宙まで吹き飛ばされるならば宇宙葬、風に流されれば風葬、空を舞って鳥に食べられれば鳥葬、海に流れ着けば海洋葬となります。  以上で、我がロシアアーミー日本支社によるアルバイト募集についての紹介を終わらせていただきます。平和な毎日に飽き飽きされている方、ネットのいい加減な情報を、すべて鵜呑みにしてしまい、ロシアを怖い国ではないかと想像していらっしゃる方、決してそんなことはありませんよ! この機会に退屈な人生を彩る、特別な体験をしてみませんか。皆様の勇気あるご応募を、心からお待ちしております。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!