第一話

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第一話

   昨年、東北地方のとある都市において、地方経済の活性化を目指した、転職者向けのセミナーが、大々的に開かれた。その折りに、ロシアアーミー日本支社を名乗る、聞き慣れぬ団体から、参加者の一部に対して、風変わりな文書が配布された、との指摘があった。そのため、後に労働省が中心になって独自に調査を行った。現在までのところ、その全貌は全く不明であるが、さらなる情報収集に繋げるために、手に入れたパンフレットの内容を抜粋して以下に掲載する。これがいかなる目的を持って作成された書類なのか、あるいは、いかなる主義主張があって運営されている団体なのかについては、目下判明しておらず、読者の解析力に委ねる次第である。 ★仕事内容  ロシア連邦(旧ソビエト)によって、冷戦時代(スターリンからフルシチョフ統制時代)に製造されたと思われる、あまたの核爆弾を皆さんに維持管理していただくお仕事になります。最初に申し上げておきますが、これらの危険物を我が国の軍部だけでは管理できなくなってきたとか、アメリカとの軍拡競争によって、一時は大量に製造してみたものの、使用例がほとんどなく、手に余ってきたから、という理由での募集ではないのです。また、維持管理というと難しく聞こえるでしょうが、後述するように、とても安全安心であり、しかも時間にゆとりをもってできる、お仕事です。怪しいこと、危険なことは何一つありません。ご不審な点があれば、質問して頂ければ、すべてお答えします。 ★勤務地  ロシア連邦北東部にある島、ノヴァヤゼムリヤ地区にある地方都市ベルージャに、今も存在致します、ロシア連邦第3軍事機密工場兼核爆弾収納倉庫が勤務先となります。その地下20階にある核兵器保存庫で働いて頂きます。夏は涼しく、冬はもっと涼しいので、避暑には最適です。ジメジメした日本の夏には、もうこりごりだ、という方にもお勧めできます。また、このお仕事をしていますと、沸き起こる不安のためか、なぜか自然と鳥肌が立ち、心身ともに涼しくなってくるという体験者からの意見もよく聞かれます。 ★給料  時給に換算すると1350円となります。日本の最低賃金の全国平均額848円(都内958円)と比較しますと、破格の給与水準といえるでしょう。友人知人、親族などに尋ねられた際に、堂々と主張できる額です。皆さんのニッチな欲望を満たすために、存分にお役立て下さい。日払い、週払い、年払い、生涯払わず、という方式も選べますし、ライ麦やトウモロコシ、木製の棺おけなどによる現物支給を選択することも出来ます。 ★応募資格  日本での新規採用には必須とされている、高学歴、並外れた体力、高度な資格など、まったく必要ありません。(特に、一般常識などという余計な情報は、ここロシアにおきましては、無駄になるだけです)。  この格納庫での労働にあたりましては、五体満足である必要すらありません。不運にも難病にかかってしまい、長くは生きられない方。厳しい社会情勢の中で、将来に希望が見出せず、現実に悲嘆され、右往左往されている方。長く続く不景気により、就職先が見つからず、失望されている学生の方。あるいは、重度の精神病患者、アルコール中毒・ヘロイン中毒の方、自殺志願者、犯罪経験者、死刑囚の方、いずれもOKです。特に向いている方としては、身も凍るような寒さに強い、北方育ちの方、平和の大切さや核兵器の恐怖を知らない軍事マニアの方、気に入らない相手をこき下ろすことしか知らないジャーナリストの方、女生徒の肉体に目がない大学教授などが挙げられます。社会では不必要とさえ思えるものも、どこかで必要とされるものです。ですが、単刀直入に申し上げますと、我が国に偏見を持っておられない方なら誰でもOKなのです。 ★応募方法  このパンフレットの末尾に記載されているアドレスにメールを送って頂ければ、すぐにでもロシアへの空輸便を手配致しましょう。貴方のことを出来るだけ早急に認知したいのです。万が一、臆病風に吹かれてしまい、申し込みを取り消したいなどと訴えられたときのために、我がロシア軍の重装備の兵士数名を、ご自宅まで派遣することもできます。機関銃を備えた兵士に取り囲まれれば、いやが上にも緊張が高まることでしょう。 ★交通費  成田空港までの電車賃、ロシアまでの飛行機代、そのすべてが当局から支給されます。この労働へご参加していただける勇気を振り絞って頂いたことを思えば、それしきはお安いことです。 ★食事  工場内の簡易食堂にて、一日3食のご提供となります。とても美人とは言えませんが、博愛の精神を持った熟女たちによる手料理が振る舞われます。簡素なライ麦パン、薄味のピロシキ、時折、ウジやハエなどの虫が浮かんでいるボルシチなどの目玉メニューがあります。要望があったとしても、肉や魚は滅多に出されず、出されるメニューはすべて薄味ですので、ダイエットに向いています。 ★休日  ありません。いっさい、ありません。 ★その他待遇  放射線防護服、手袋、長靴、胃薬などを入隊と同時に無料にて進呈致します。しかしながら、人の心は一筋縄ではいきません。航空機の発着を間近にして、突然気が触れたように暴れ出し、「怖くなってきたから、もう帰りたい」などと叫び出す方も、どうやらおられるようですので、我が国の屈強なる兵士たちによって、アイマスクや猿ぐつわを無理矢理装着させて頂く場合もございます。もちろん、それらの賃料も無料です。体質的に寒さに弱いという方のために、毛布や厚手のコート、ロシア帽 (ウシャンカ)などを無料にてお貸しします。 ★その他(保険関係)  応募者には生命保険へのご加入をお勧めしています(強制ではありません。深い理由もございません)。月770円の掛け金で、不慮の爆発事故、ウイルス性の病気による不幸や、厳しい懲罰による事故死におきましても、最大で550万円をご遺族が受け取ることができます。 ★勤務内容の詳細について  長期間に及ぶ、核爆弾の管理維持となります。我がロシア連邦が誇る15000発もの核兵器が、有事の際にも、しっかりと作動するかどうか、その上で、いつでも、最終兵器として戦場へと運び出せる状態にあるのか、を常時確認することが主たる勤務内容となります。  核製造工場の地下数十階にある、秘密倉庫におきまして、お一人様につき一つの格納庫の管理維持を担当して頂きます。格納庫の内部は畳で約十畳ほどの広さがあります。食事と非常時以外は、倉庫に篭りっきりの状態において、仕事が出来ますので、生まれつき他人とコミュニケーションを取ることが苦手な方、上司に説教されることがトラウマになっている方にも、特にお勧めできる仕事となっております。例え、任務を放棄したい気持ちに駆られたとしましても、工場の敷地から抜け出すためには、我がロシア軍の最高司令部からの特別な許可が必要なのです。恐怖や絶望程度の言い訳で、外へ出して差し上げる訳にはいきません。目的が買い物や観光などの比較的軽めの理由である場合におきましても、地平線に向かって、延々と張り巡らされている、頑丈な鉄条網の囲いを越えてまで出かけられる際には、万が一の逃亡などがないよう、機関銃を備えた兵士数人が厳重に警護致します。貴方の背中には、幾つもの冷たい銃口が、常に向けられているのです。  核兵器管理維持の具体的な作業としましては、朝の9時、昼の12時、そして、午後の3時と6時に、格納庫内におきまして、その刻を知らせるチャイムが高らかに鳴り響きますので、それを合図にして頂いて、備え付けの鋼鉄製のハンマーをしっかりと握っていただきまして、核爆弾の弾頭付近へと、最大級の緊張の中で近づいて頂きます。  そして、おもむろにコンコンコンコンと4回ほど弾頭を叩いていただきます。その際に、弾頭の頂点付近から出ている銀色のケーブルによって、その先に繋がれ、テーブルの上に置かれている赤いランプが規定どおりに明るく点灯いたしますと、この仕事は見事に成功となります。極めて簡単で単純、しかも危険など微塵も感じられないお仕事となっております。  しかしながら、この世の中には、最初から信管入りの爆弾に近づくのは怖い、という特異な感情を抱かれる、極度に心臓の弱い方もおられるかもしれません。全ての人が偉大なる国家に対して、盲目で従順とは限らないわけです。そういった、およそ理解できぬ心境に至ってしまう方につきましても、我々としましては、対応しなければなりません。そういった方のために、一ヶ月から二ヶ月の特殊な研修期間を設けてあります。初めは、信管を抜いた、安全な爆弾を叩いていただき、それに慣れていただくことにより、次に信管の入った核爆弾、その後、中性子爆弾→水素爆弾と順調にステップアップしていくことができるわけです。  過去にも、上官に脅されても蹴られても、どうしても爆弾に触れることが出来ない、という精神薄弱な方も、ごく少数ではありますが、おられたわけですが、そういう方には、まず外国産のビールを泥酔するまで飲んで頂いてから、このお仕事を試していただいております。それでも不安が解消されない場合におきましては、最終手段の一つと致しまして、コカインを摂取していただき、慢性的な薬物中毒の中で、この仕事に従事して頂いております(このような方法は、ベトナム戦争時に、アメリカ軍内部でも実際に行われました)。最初は爆発の恐怖に脅えていた方も、弾頭を己の腕で叩くという、この作業を、三度四度と回数を重ねていきますと、脳の中枢神経も次第に麻痺してくるのでしょうか、誰でも自然と恐怖心が薄れて、ごく自然な心持ちで、これを叩けるようになり、それから十日も経過しますと、この時間が近づくと、まるで、意思を持たぬ蝋人形のように、ご自分から、ふらふらとした足取りで、核爆弾の方へと歩み寄っていけるようになります。  そして、この仕事を続けていく最終目的としましては、1960年に製造されました世界最強水準(約50メガトン級『広島原爆の約3000倍』)の威力を誇る、水爆ツァーリ・ボンバの管理にあたっていただくことになります。もし、何らかの事故により、この一発が大爆発でも致しますと、その瞬間に世界が終わってしまうとまで、いわれております。この最強爆弾に携われるのは、これまで、さして良い体験には恵まれて来なかった、不遇なるあなたの人生にとって、この上ない名誉な体験となることでしょう。  弾頭のチェック以外の時間帯は、受け持ちの核爆弾全ての表面部分を特製のタオルで汚れを拭う作業に従事していただきます。この仕事をする際に、万が一、核爆弾の表面に年月経過のための腐食や穴、また凹みなどを発見されました場合には、すぐにでも備え付きの無線機にて、地上にある管理センターまでご連絡ください。あなた様の迅速な行動により、他の管理者や警備兵、また、付近の住民などを国外に脱出させることができるかもしれません。 ★懲罰  核兵器管理工場内での脱走や命令違反、遅刻、長時間にわたる飲酒、乱痴気騒ぎ、スパイ行為、成人向け雑誌の乱読、壁や天井などの破壊行為などは、これはもう偉大なる我がロシア連邦に唾を吐く行為とみなされますので、厳しい懲罰をご用意させていただきます。丈夫な皮製のムチで50発、100発と背中や尻を打ち据えていきます。違反者が今になって泣こうが喚こうが、医者が危険を感じて止めにはいるまでは叩きます。罪の種類によっては、このムチ打ちによって悔悟や自白、洗脳などを強要する場合もございます。また、万が一でも、調理場で働く心の清き老女たちの胸や尻に手を出すなどの痴漢行為をなされました場合には、これは姦通罪にも繋がりかねない重罪となりますので、鋼鉄製の棒を使用しての残虐な刑罰を科します。その際には、当然のことながら、生死に関わる場合もございます。
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