二段弁当

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「あぁ…」 お弁当をパカッと開いて、思わず声が漏れた。 いつもはカラフルなおかずが並ぶはずの上の段。 そこに現れたのがお米と梅干、いわゆる日の丸弁当だったからだ。 「という事は」 下の段を恐る恐る覗くと、またもや現れる日の丸弁当。 上下、日の丸弁当。 上下、日の丸弁当…。 「わ、真樹さん、彼女さんと喧嘩ですか?」 上から後輩の声が降ってくる。 見上げると、お弁当を覗き込んで笑っていた。 「いや、喧嘩というか…けどこれ、怒ってるよな?」 「いや、もう完全に怒ってますね。いつもはあんなに美味しそうなお弁当なのに」 けたけたと笑う後輩を見て、ため息が出た。 「笑い事じゃねぇよ」 「なんかしたんすか?」 「いや…したな」 そう、昨日は夏菜の誕生日だった。 と、今思い出した。 日の丸弁当を見つめて、見つめて、やっと思い出した。 「完全に忘れてた…」 昨日の彼女の様子は、普段と何ら変わらなかった。 いつも通り笑顔で「おかえり」と出迎えてくれ、いつも通りご飯を出してくれ、いつも通り一緒に寝た。 ただ今思えば、寝る前に俺の目を何故かずっと見つめてきたり、俺が寝ようとすると「ねぇねぇ」と話しかけてきたり、なんだかそわそわしていたように思う。 そして今朝も、確かに口数が少なかった。 「なにを忘れてたんですか?」 「彼女の誕生日」 「うわぁ…真樹さん最悪」 「だよな…」 忙しい日々に流されるように、夏菜の誕生日も頭の中から綺麗さっぱり消えていた。 8月8日、覚えやすいでしょう? 目の下の涙袋がぷっくりとなる、夏菜の笑顔が頭の中に浮かぶ。 「あぁーやっちまった…どうしよう…今日なんか買って帰った方がいいよな?」 「そうっすね。プレゼントとケーキは必須じゃないですか?」 「だよな」 頭を抱えながら、スマホを取りだし、検索画面とにらめっこした。 夏菜はチョコレートケーキが好きだ。 あとはプレゼントを何にするか…。 「でもでも、20代女性付き合いたいランキング上位常連の真樹さんが、そんなに振り回される今の彼女ってどんな子なんです?」 後輩が首を傾げながら尋ねてきた。 モデルとして活動しているためか、今までに寄ってくる女は全員顔と金目当てだった。 さらに、事務所からも釘を刺され、モデルとして活動している限り彼女なんて作る気はなかった。 「内緒」 一度スマホをポケットにしまい、すっぱい日の丸弁当をバクバクと食べながら、誕生日を言い出せなかった夏菜の気持ちを考えた。 「寂しかっただろうな」 「そりゃそうですよ」 「今日私誕生日!とか言えないよな」 「もう学生じゃないですもんね」 「あー…早く会いてぇな」 「だから、どんな子なんですか?」 「内緒だっつってんだろ」 「えぇ〜、一言!一言で表したやつでいいから教えてくださいよ〜」 「教えるか。ほら、撮影早く終わらせるぞ」 「もうめっちゃ変顔しまくって撮影遅らせてやる…」 「殺すぞ」 「きゃ〜こわい!」 寂しい思いの詰まった日の丸弁当。 もう二度と、こんなお弁当は作らせたくない。 そして、夏菜に甘えていた自分に反省。 いくら忙しいからといっても、大事なことは忘れちゃだめだ。 「ごちそうさま」 大切なことを思い出させてくれた日の丸弁当に合唱し、小走りで仕事場へと向かった。
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