狭間の食事会

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テーブルの上に置かれた、三つ首の燭台。真鍮の首たちに身体を貫かれた蝋燭が、橙の魂を飛ばして、私たちを照らしている。燭台の優雅な装飾が、真っ白なテーブルクロスに影を落とした。 目線を正面に向ける。豪奢な洋服に身を包んだ、上品な男が座っていた。彼は上品な動作で、カトラリーを操っている。切れ味のいいナイフで肉を切り、フォークで刺し、口に運ぶ。機械のように繰り返す。小さな金属音が、部屋に溶けていく。こちらのことは、気にしていないようだった。 手元に視線を落とす。洒落た洋皿に乗せられた、付け合わせの温野菜と厚めの牛肉。適度に焼かれた身にかかる赤黒いソースが、光を受け、てらてらと輝いている。しかし、皿の横に置いてあるのはカトラリーではなく、漆塗りの箸。向かいの彼とは違い、アンバランスな様相を見せていた。箸を手に取り、肉の端に先を少し沈め、切る。肉が箸の動きに従ってゆっくりと二つに分裂していく。いつか教科書で見た、細胞分裂が脳裏をよぎった。一口大になったものを、口に運ぶ。口の中で柔らかく蕩けていくそれに、我ながら美味く作れたものだと感心する。ソースの味も及第点だ。 ふと、小さな金属音が止まっていることに気がついた。食べ終わったのだろうか。不思議に思い、視線を持ち上げた。ぱちり。目が合う。男の青い目が、蝋燭の灯火を溶かしながら、こちらを見つめていた。あまりにも現実離れした美しさに、言葉を失った。彼の目尻が、少し下がる。はっとした。慌てて下を向くと、優しげな笑い声が聞こえてくる。火が出そうなほど、顔が熱かった。料理は上手くなっても、こちらの方は、なかなか上手くならない。今後の課題だ。頭の中で整理して、また肉に箸をつける。カトラリーと食器の擦れるほんの小さな音も、復活していた。 蝋燭の身体が、半分程度になった頃。付け合わせを食べていると、カトラリーの置かれる音。顔を上げれば、男は食べ終わったらしく、ナプキンで口元を拭っている。最後まで、上品な人だと思った。彼の金髪が、さらりと揺れた。 ナプキンをテーブルに置いた男が、私を見つめる。真っ青な目が、優しく緩んでいた。 「良い時間だった。礼を言おう」 穏やかな賛美に、胸の奥が緩やかに暖まる。この言葉が、いっとう嬉しい。 「どうもありがとう。気をつけて」 言葉を送る。男は微笑んでいる。コンマ数秒目を閉じて、開く。目の前は、空席になっていた。背凭れに付けられた真っ赤なクッションが、虚無感を煽る。いつものことだが、慣れないものだ。はあ。溜息を吐いて、席を立った。美しく食べきられた食事。皿を真横に区切るかのごとく置かれた、カトラリー。私は終了の合図に気付いたウェイターよろしく、皿を手に取った。 ここは時空の狭間。時の旅人が訪れては消える、小さな休憩所。 いつ現れるかもわからない人のため、私は今日も料理を作り、食事を共にするのだ。 憩いを誰かに送るために。 「次の料理、何にしよう」
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