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間宮 信二(まみや しんじ)は小学4年現在の夏祭りを一生忘れる事はないだろう。
1学年下の妹を連れ、両親の田舎で参加した“その祭り”は祖父母も、両親もいない2人
だけで会場に向かった。これだけで、初めての事としては、充分な思い出だが、問題は
その帰り道…
無人の田んぼ道の真ん中に立つ“異形のモノ”が自分達の前に不意に立った。ゴリラのような体躯に黒い毛に覆われた全身を戦慄かせ、直立する人型の怪物は、白濁眼をギョロギョロさせて、こちらに疱瘡だらけの顔面と鋭い歯を剥き出しにしている。
後に両親が話してくれた事によると、この辺りでは、昔から夏場になると、山から“何か”が下りてくるそうで、行方不明者も出る事もあるとの事だった。両親が田舎の与太話と信じ、
2人だけで送り出したのは、仕方ないとしても、まだ幼い信二にとっては、到底、対応できる存在ではない。しかし、彼は幼さが持つ無知と無謀さをしっかりと持つ少年だった。
こちらに長く醜い手を伸ばす存在に対し、怯え、泣きじゃくる妹をしっかり背に回すと、
拳を相手に突き出すように構える。
低学年の頃に好んだ特撮モノでは、正義は弱い者を必ず見捨てなかった。何より、後ろにいる妹を守らねば!怖さより、妹を両親から任された使命感が勝った。
一瞬、怪物が笑ったような声を聞く。だが、次の瞬間、相手が素早く動くのに対し、目を
瞑ってしまう。突き出した拳はそのままに…彼の記憶に強く焼き付けられる出来事は
ここからの話である。
鈍い音が響くのと同時に、笑い声は後ろから聞こえていた事に気づく。ゆっくり目を開けた
自分の視界は頭部を粉々に粉砕された怪物の残骸が静かに地面に膝をつく所を捉える。
「お見事!大したガッツだな。坊や!10年後が楽しみだ。その姿勢を大事に、
俺のおまんま増やしてくれよ~?」
先程聞いた笑い声と同じ声量の、酔っ払いのような調子外れの声で、信二の後ろから腕を出した人物が笑う。呆然とする自身の前を黒い浴衣を着た男が現れ、通り過ぎていく。そのまま怪物の残骸を引き摺り、夜道に消えていく彼の姿を信二は一生忘れないだろう…
「高木(たかぎ)、4年前のN県での事例をもう一度、読み上げてくれ。」
「はい“室長”少し待って下さい。‥‥えーっと、215年の8月23日、N県A地区町村内で当時10歳の男の子と8歳の女の子が夏祭りの田んぼ道で“怪獣”に会ったと言っています。黒い体毛のゴリラ型の怪物…
これは、1984年に同県の、失踪事件の際の目撃情報と、遡れば、55年のモノにも一致します。しかし、これらは、何分、紙資料のモノなので、
実際に持ってくるのは難しいか…」
「わかっている。君が把握しているならいい。大事なのは、時代は違えど、同地区で同じ
化け物の目撃情報があり、それらと類似した案件が、この日本だけで数十件、世界規模で言えば、数千件にも増える事実だけでいい、しかも、それは現在進行形で更新されている。」
「は、失礼しました。」
改築前の旧省庁地下の一室で、膨大な紙資料とファイル冊子、いくつものPCに、基盤と
コード類の山の中を動く男達がいる。この室内で最高責任者である“室長”は、
高木と呼ばれた若い男からの報告を聞き、難解な問題に当たったように腕を組む。
国防省の戦略研究セクションから、何故か警視庁の未解決事件、それも事件なのかの意味も
見いだせないようなモノばかりが集められた地下室に異動した時は、自身が何をした?と思った程だ。
だが、勤務してすぐに事の重要性がわかった。異様な事件報告や、同様の目撃情報が積み上がる中、それらが数年、もしくは数十年後にパッタリと途絶える、解決している?ような
報告があるのだ。この国だけでなく、全世界に共通項を持つ、一つの事実を伴って…
「あの、室長?」
考え事をする彼に、部下の高木が遠慮がちに声をかける。手には黄ばんだ紙とプリントアウトした白い紙両方を持っている。
「ああ、すまん、どうした?」
「例の“共通の目撃情報”ですが、一応まとめておきました。
しかし、国内も含め、世界規模で衛星や監視カメラに守られた昨今の社会で、
いくら見落としがあると言え、コイツが映らないのは一体何故ですか?」
部下の疑問に、室長は答えられない。それを解決するのが、自分の役目かもしれないが、
今の時点ではわからない。いや、答えは既に知っている気がするが、それを自分の立場で
口に出していいものなのか?正直苦しいと思う。
「お前は一体何だ?」
手元の紙に描かれた、ひと昔前に流行ったUMA目撃情報のような稚拙なイラストの人物に向かって呟く。何十年も前から世界中の異常事例に現れ、すぐにではなく、時間を置いて解決?している人物、オマケに写真にも、映像にも姿を現さない“黒い男”のスケッチは、勿論、何も答えなかった…
田村 雄二(たむら ゆうじ)は自身の変貌した手が繰り出す一撃に非常に満足した。
いつも自分を蔑んだ目で見てくる
(これはあくまでも本人主観によるものだと思うのだが…)
コンビニの女店員が見せる怯えた目が最高だ。彼女の目の前で叩き壊したレジスターから
紙幣と硬貨をあるだけポケットに積み込み、それだけでは飽き足らず、後ろから静止に入った男の顔面を裏拳で砕き、タバコの棚に肥大した手を伸ばす。
(本当にあの人のおかげだ。俺は変わった。負け犬から人生の勝ち組、いや、人間を超えた存在に慣れたのだ。)
キッカケは無職の自分が住むマンション…親からの援助も尽き、どうにもならなくなった所で、マンション内の状況が劇的に一変し、自分は“食材の調達屋”に選ばれ、この力をもらったのだ。
レジ周辺に並べられた総菜やスナック菓子を巨大に変容した口に放り込みながら、床に
へたりこむ女店員の髪を掴み、一気に引きずり出す。店内の棚に隠れ、スマホでこちらを撮っていた若者達は長くなった腕の一振りで吹き飛ばし、悠々と出口に向かう。
不意にドアが開き、黒いスーツに身を固めた男が自分の前に立ちはだかったのは、
その時だった。
「なんだぁっ?」
外では他人に声一つ上げられなかった自分だが、今は違う。歯と舌の形が変質し、若干は
濁っていても、精一杯の凄みを利かせた怒鳴り声と人知を超えた姿に
何故か、相手は驚かない。不思議に思いつつ、田村は相手をゆっくり観察する。
整った顔立ちと言えば、そうだが、無表情で細く尖った顎に、年齢不明、国籍不明、無職で今まで引きこもっていた自身が言うのも何だが“影の薄そうな男”は、そのまま真っ直ぐ近づいてきた。まるで、食べ物の匂いにつられるように鼻をクンクン、ひくつかせて…
訳のわからない存在に苛立つ田村は、男の頭を握り潰す勢いで力を込めた腕を伸ばした。
“ガリッ”と響く、小気味よい破砕音は骨が砕け、男の脳漿が飛び散るモノではなく、
自身の手が丸ごと男に齧り取られた音だという事に急速な喪失感と激痛によって気づく。
「ぐぇげぇぇええっ」
「ううむ、もごっふぉぉ~、おかしぃなぁ?この味は確かに俺の蒔いた食用の味だけどな。でも、何でエサの人間の生臭さが残ってる?どーゆうこった?」
田村の手を口の中で転がしながら、喋る男が手を伸ばす。今の田村なら、常人とは違う速さで逃げる事が出来る筈だが、どうしてか、男の方が遥かに早い。気づいた時は左半分の視界が一気に無くなり、男の手に自身の左半分の顔が握られていた。
「うぇっ、うげへっへっへ…」
犬のように半分になった顔から舌を垂らし、半笑いの田村は頭が狂いそうな程の痛みに思わず舌を噛み切る。床下に転がった赤い切れ端に、床に跪いた女店員が悲鳴を上げた。
しかし、痛みが増えただけで死ねない。この時ほど自身の人外となった体を呪った事はない。
苦痛にのたうち、床にへたりこもうとする顔半分を掴まれ、凄い力で男に引き上げられていく。
「た、たひゅ、たふへて…」
「いい気分じゃねぇだろ?死ねないってのはよ。なまじっか、力を手にしたって
ろくな事ねぇよ。身を持ってお勉強だ。まぁ、もっとも一回限りだけどよ。気になってるのはどの喰いモンがお前にその力を与えたか?って奴だよ。」
「おへ、ひょういん、へんこし」
「何て言ってんだ?わかんねぇよ?まぁ、いいや。確か、この辺の地区は3匹放牧してある。アレとアレはまだ育ってないとすると…」
舌ナシ田村の声を全く意に介さない男の意味不明の独り言は続く。このままでは、本当に死んでしまう。恐怖に狂った彼は男に残った手でしがみつくように揺さぶる。それをうるさそうに引き千切った男が、田村の新たな悲鳴を気にする風もなく、めんどくさそうに言葉を
返す。
「ああ、あれだろ?こないだ飲み屋のテレビで見たよ。弁護士とか、病院の
精神鑑定とかで、人殺しても無罪ってやつ。心神喪失だろ?大丈夫!お前、もう死ぬから!でも、その前に少し協力してくれ。」
言うが早く、男は田村の腹に手を突っ込み、手際よく中身を引き摺り出す。絶命し、肉の塊になった体を床に落とした彼は、気絶を通り越して、ただ震える女店員に申し訳なさそうに
手を合わせ、努めて丁寧な口調で話しかける。
「すまねぇ、店員さん。床掃除をお願いするのと、後さ。日本酒売ってくれない?人間臭くてたまらねぇんだ」…
「室長、都内О区角のコンビニで事件発生、犯人は人間ではない容姿と腕力で暴れ回りました。怪我人は多数ですが、死者が出る前に店員の話では、黒いスーツを着た“絶対に人間ではない男”が現れ、犯人を肉の塊にしたそうです。
勿論、ビデオカメラには化け物じみた男の姿が映っていますが、件の男は何も…」
「だが、その男が国内にいるという事は事実だな。高木、手配は?」
「警察、関係者各所に通達を送り、目下、黒い男を追跡中です。ですが、特徴も映像、写真も無しじゃ、この人口密集区では難しいと…」
「わかっている。続報があれば、教えてくれ。それと念のため、肉塊となった男の身元も
頼む。」
「了解です!」
頷く部下を残し、室長は部屋を出る。既に勤務外の時間を超えているが、自分達の業務に
1つの解決を見いだせるかもしれない展開に彼自身が興奮していた。
気分を整えようと、喫煙所に出ると、先客がいた。禿げ上がり、老いてはいるが、鋭い目をこちらに向けるのは自身が役職に就く前の元室長だ。
「随分、興奮しとるようだな?」
季節に関わらず、白い手袋を両につける彼は落ち着いた動作で、こちらに場所を譲りながら、
尋ねてくる。現職を引いたとは言え、元の担当者、隠す必要はない。
「ええっ、私達が追っている目標である“彼”の正体が掴めそうです。現れました。それも今、この地で。捕まえる事が出来れば、また一つ世界の闇が光に、いえ…これは一部の
階層と職種のみですが、明るい日の下にひき出されます。」
元室長からの、少しばかりの賛辞とねぎらいを期待した自分が秘かにいるが、返ってきたのは、深いため息だけだった。
「何か?」
「どうやら、私は非常に真面目な男に、重大な責務を任せてしまったようだな。」
「・・・?」
「確かに君のような思考と分析能力を必要とする仕事だ。だが、何も全てを明らかにする
必要はない。ただ、彼と連中の動きを追跡し、記録する。それだけで充分だ。」
「しかし…」
「私が室長の座を辞したのは、知り過ぎたという事だ。もう、この件に関われないと自分で思った。」
「どーゆう事です?」
「彼とこの世界のあちこちで起きる暗闇の事象、それら全ては古くは伝承、そして物語の中にも現れている。アメリカの怪奇作家は、黒い男の存在を自身が妄想した暗黒神話、宇宙からの使いのように明記した。
確かに、それも的を得ている。また、日本にも見られる伝承を辿れば、人狼(じんろう)と
呼ばれる死体などの腐乱物を喰らう異常者、悪食(あくじき)
という、イカモノ食い、いわゆる普通の人が食べないモノを食べる者の言い伝えもある。
それらが全て彼に由来するものだと言っていい。しかし、確かではない。だが、
そこまででいい。不確かでいいのだ。」
元室長の言葉に力がこもるが、現室長の自分としては、正直、納得がいかない。
「ですが、それでは根本的な解決にはいたらないかと…世の中で頻発する異常事態に対し、
誰にも知られず、1人闘っている者がいるという事ではないのですか?
例え、異端を駆るそれと同じ存在の者だとしても、全てを理解し、必要な支援を差し伸べるのが、我々の仕事として大事な事かと…」
自身の口調に熱がこもっている事に気づく。集められた証言のそのほとんどが
黒い男に対する賛辞だ。彼は人を救っている。誰にも認められず、報われる事もないのに…
理由はわからない。だが、そこには、強く崇高な理念があるのではないか?
思考する彼の前で元室長は常に身に着けている、手袋をゆっくりと外す。
「っ!?そ、その傷は・・・?」
「彼に関わり過ぎた結果だ。さっき、君は何年も闇と1人戦う者と言った。だが、疑問に
思わないかね?」
赤い肉質が露出しきった爪のない両手をこちらに見せ、すぐに手袋を嵌めた元室長が苦笑いを浮かべた。首を傾げる自身に言葉が続いていく。
「簡単な事だ。長い歳月の中で、何度も同じ場所でほぼ同一の事象が起き、
その何回目かで解決に至っている。さらに目撃者の証言によれば、彼は異形のモノ達を
難なく始末している。
もっと早くに取り掛かってもよさそうなモノに年月をかけ、狩りを行う理由は何だ?」
「そ、それは・・・世界中で起きる異常事例に対し…単独がゆえの…」
「キッカケはふとした事だった。テレビで、料理に使う素材を何年も寝かせ、熟成させる方法があると言っていた。そこで繋がった。というより、嫌な可能性に気づいた。」
「まさか…」
「あくまでも仮設だ。だが、彼は、いや、あの化け物は、社会という巨大な食糧庫、いや
牧場とも言える。そこに自分の主食である食材を放牧させ、人間という餌を充分に与え、
美味しく食べれる段階…旬になった所で、闇を始末、いや、喰らう存在なのでは?
そう考えれば、全てに説明がつく。」
静かな元室長の言葉に言葉を失う室長、その後ろに慌てた様子の部下が立った…
都内児童相談所職員、長田 詩織(おさだ しおり)は自身が身に着ける白シャツがみるみる赤く染まっていくのを朦朧とした意識の中で見つめ続ける。
この仕事に就き、数年、虐待事案やネグレクトと言ったあらゆる社会の現実に直面してきた。
勿論、後手に回った事案も多々ある。だが、暗いマンションの廊下に佇む、黒く異様に細長い怪物は、想定外すぎた。
キッカケは区の小学校からの連絡だった。女子生徒の1人が連続で欠勤し、家庭とも
連絡がとれないという。元々、女子生徒の家庭環境は公営の団地住まいであるが、入居者の
ほとんどは生活困窮世帯、生徒の両親も精神障害者である父と二人暮らしの父子家庭、生保に該当しない障害年金の生活状態、いくつもの最悪事態が想定された。
また、勤務先を出る際に見た、テレビの緊急ニュース…コンビニの押し込み強盗が起こした事件…事件現場は女子生徒の住まいの近くだ。
関係性が無いとは言え、嫌なタイミングだ。急ぎ、向かい、夕日を背に黒く染まった団地に
足を踏み入れたのが、数分前…少女の住む階層に出たところで“それ”にあった。
声を上げる前に、腹部に鋭い痛みが走り、固い地面に転がった現状に戻る。
全身から力が抜けていくのは、自身が死ぬという事だ。だが、その前に、女子生徒の、少女の安否が気になる。馬鹿な話だ。最後の最後まで他人を案じてどうする?しかし、悔しさに
変わりない。目の前で人間のような顔をして笑い
「なんだぁ?若いかと思ったら、結構老けてらぁ、これじゃ楽しめねぇ~」
と、だみ声を発する怪物を含めてだ。誰か…、誰か…いないか?誰か…ほぼ無意識に
求めた自身でなく、支援対象である少女への助けを請う声は、
マンション内の廊下から見える夜の闇から、そのまま抜け出してきたような真っ黒い人影(?)が放った鋭い蹴りによって叶えられた。
各部屋のドアに絶命した怪物の臓物を飛び散らせ、臓物がついた足を振り拭う人物…いや、男は倒れる自分の横に腰を下し、白いシャツを染める傷口に何の躊躇なく、手を差し入れた。
痛みは一瞬、声を上げる暇もない、同時に意識が覚醒し、自身の体の安定を自覚していく。
慌てて上げる額を冷たい男の手が留める。
「これで血も中身は止まったから、大丈夫だ。おたく等みたいな仕事をする連中は、
生きててもらわないとな。
建前だけは、ご立派の無関心、無気力社会じゃ、俺の喰いモンが肥えねぇ。
後は任せましたぜ?」
男は一方的に捲し立てながら、立ち上がり、彼女が訪問予定だった部屋のドアにゆっくり手をかけた…
前島 可奈(まえじま かな)は自身の体を出来るだけ小さくして、台所下の
物入れに隠れている。彼女は自分の状況をよくわかっていた。元から変だった父親が更に可笑しくなったのも…全て、隣室の住人が原因だという事もしっかりわかっていたし、
ある日、学校で見た標本と同じようなモノを口からぶら下げ、がりがりの枝みたいに細長くなった父親が帰ってきた時には、人間じゃなくなったという事も理解していた。
そして、父と一緒に来た隣の住人が自分を指さし、
「子供の肉は柔らかい、お前の娘は最後にしよう。それまでの食事は
他の仲間に調達に行かせる。」
と喋り、父が嬉しそうに頷くのを確認した瞬間に、彼女は身を隠す事に決めた。あれから、
どれくらいの時間が経ったかはわからない。外ではいくつもの悲鳴や怒号が聞こえていたが、今はもう静かだ。皆食べられたのだ。
体は自分が出したものや、時間が経過で汚れ切っている。でも、出る訳にはいかない。出れば、命がない事がわかっている。
しかし、とうとう、それも終わる時がきた。暗い用具入れの外を楽しそうに歩く音が響く。
僅かに戸をずらし、すき間から目をこらせば、赤いゼリーのような全身を震わせた人型の
怪獣“隣室の住人”が、こちらに向かってゆっくり歩を進めるのが見えた。
(ああ、もう駄目…)
目を閉じようとした可奈は、怪獣の後ろにスッと立つ黒い影を見て、動作を
中断する。
「おいおい、食い物が決められた以上の餌を喰うなよ?こっちの食事事情&予定が狂うだろうが?」
叫びながら笑う男に、赤ゼリーが飛びかかった。怪獣の手と男の拳が合わさる。
どっちも引く様子がない。後ずさりする男が声を上げた。
「だいぶ、固くなったな。畜生がぁっ…こりゃ、喰うのに時間かかっぞ?」
「ただで食われてたまるか?今度はお前を食ってやる。」
「ハッ?食材に食われちゃ、冗談にもならね…」
男の軽口が終わる前に可奈は飛び出す。意味不明の行動だ。自分自身が理解できない。
だが、彼を助ければ、自分も助かる。その可能性に賭けた。
赤い怪獣の視線がわずかにうごいた瞬間と男の鋭い蹴りが怪獣の腹を突き破り、可奈の前に現れたのは同時だった。
「助かったぜ、お嬢ちゃん!たいしたモンだ。」
動かなくなった怪獣をどかした男が微笑み、自身を抱き上げ、外に向かう。
「あの、アタシ…汚いから…」
「構わねぇな。いいか、嬢ちゃんみたいな奴等が世の中を支えてくんだ。そのおかげで
俺は上手い飯が食える。アイツ等は嬢ちゃんみたいな奴が大好きだからな。頼むぞ?これからもしっかり生きろ?」
男の言葉のほとんどはわからなかった。小首を傾げながらも、頷く可奈の前に、
腹を支えた長田が現れた。
「お前は一体何なんだ?」
部下が示した場所に駆け付けた室長は、闇に紛れるように消えていく黒い男を見つけた。
自身の言葉に動きを止めた彼だが、こちらを振り返る事はない。構わず言葉を並べていく。
「我々は君を追っている。だから、教えてほしい。人間を守る者なのか?
それとも…」
言葉途中で振り返る彼の口に赤黒い肉片が見え隠れする。
ニヤリと笑う男は一言自分に言い放った。
「悪いな、食事中だ…」…(終)
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