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発声練習、そのあと柔軟、インプロヴィゼーションと、いつものメニューをこなしていくうちに、6時半になった。
「はーい、それじゃあ、本日の部活はこれで終わりにしまーす。皆様、お疲れ様でしたー」春日部先輩が、みんなをまとめる。
「お疲れ様でしたー」
口々に言って、みんなで片づけをはじめ、それぞれに着替えて、ぱらぱらと帰り始めた。
「優依、やったね!」由美子が近づいて言って来た。
「どうやって説得したの?だって、勝負には負けたんでしょ?」
もちろん、本当の事は話さないわよ。
「あ、良くわからないけど、彼女、「オペラ座の怪人」のファンだったみたいなの」
「へぇ、そうなんだ」
「だから、そこを見込んで頼みこんだの」
「さっすが、1Bのマドンナ、やることが違うわ」
「よしてよ、恥ずかしい」
「だって、そうでしょ?優依の頼みを聞けない生徒なんて、この学校にはいないと思うわ」
「買いかぶりすぎよ?」
「そうかなぁ・・・」
「そ、それより、由美子、今日私、ちょっと用事があるから、一人で帰ってね?」
「え?そうなの?」
「ええ。ちょっと急用で」
「分かったわ。じゃあ、また明日」
「また明日」
急用があるというのは嘘。美優と一緒に帰りたかったから。私は、さっそくメッセを送ろうとスマホを見たら、すでに美優からメッセが入っていた。
【優依、こっちは部活終わりました。校門のところで待ってます】
ええ?そんな目立つところに居たら、ばれちゃうじゃない?メッセは10分くらい前か・・・
【ごめんなさい、やっと今終わったの。駅に向かう方と逆に行ったところのコンビニで待っててください】
もちろん、ほかの娘と鉢合わせしない為だ。
【うん。わかった】
すぐに返事が来た。私はとにかく急いで身支度をして、部室から出て言った。
小走りで校門を出、周りに知り合いがいないのを確認して、いつもと逆の方向に向かう。2ブロックほど行ったところにコンビニがある。その中をそっと覗く。
彼女、美優は、ショートの髪を掻きあげながら、雑誌コーナーの前に佇んでいた。かっこよかった。
「いらっしゃいませ」
コンビニのチャイムと共に店員の声がかかる。ふとこっちを見た美優と目が合った。
「美優、お待たせ」
すると彼女は満面の笑みをたたえて、私に向かって言った。
「ううん、あたしも今来たとこ・・・」
そんなわけ無いでしょ?時間で言ったら10分は経ってるはず・・・もぅ、こんなところまでイケメンなんだから・・・
「ちょっと、お茶してかない?」
私は、コンビニのイートインコーナーを指さして言った。美優が嬉しそうにうなずくのを見て、私はさっとアイスコーヒーのカップをふたつ持って、レジに行った。
「あ、いいよ。あたしが出すよ」美優があわてて言った。
「いいの。今日は私が払うわ」
「あ・・それより、アイスコーヒーで良いの?」
「なんで?」
「いや、えっと、こないだはいちごミルクだったし・・・」
ちょっと顔が赤くなるのを感じた。
「いいのよ、今日は。ミルクとガムシロたっぷり入れるから」
すると、美優はくすっと笑って
「っっ可愛い・・・」と言った。
私は顔が真っ赤になるのを隠すためにレジに向かって足早に歩いた。もー、何なのよ、このイケメン女!もっと大好きになるじゃない!
会計を済ませ、カップを持ってセルフのコーヒーメーカーにカップを持って行ったところで美優が待っていた。
「ありがとう。ごちそうさま」
「いいえ、どういたしまして」
そう言ってコーヒーが入り終わった片方のカップを渡した。
彼女はそのままミルクもガムシロも入れずに席に持って行った。私は、とりあえずガムシロ2個、ミルク3個を持って席に向かった。
「ミルクも何もいらないの?」
「あ、うん。あたし、ブラック派なの」
か・・・かっこいい・・・
そう思って、また美優を見つめてしまった。
違う、そうじゃない。私はとにかく、今日の提案の結果を伝えたかった。それと同時に、なんで公演に出てくれる気になったか、聞いてみたかった。
ガムシロとミルクを入れながら話しはじめた。
「あ、そういえば、提案ありがとう。みんなに聞いてみたら、喜んでたわ」
「あ、そ、そう?うん、それは良かった」
「ファントム役に立候補していた娘が、譲ってくれるって」
「あ、ご、ごめんなさい・・・ずうずうしかったかな・・・」
「ううん。大丈夫。みんな美優が来てくれる方が嬉しかったみたい」
「そう・・・それならよかった」
「でね、教えてほしいの」手についたミルクを舐めながら聞いてみた。
「何を?」
「なんで、公演を手伝ってくれる気になったの?」
「あ、えっと・・・何でだろう・・・うーん・・・」
私は、美優の顔をじっと見つめた・・・かっこいい・・・そして・・・かわいい・・・
美優は、ちょっと恥ずかし気に、うつむき加減にアイスコーヒーのストローを咥えて、もじもじしていた。
「あ、言いたくなければ、言わなくていいのよ?」
「え、いや・・・あたし・・・オペラ座の怪人、大好きなんだ・・・」
「やっぱり」
「で、ファントムがその中で一番好きで・・・」
「ふーん」
「だから、やるならファントムが良いかな・・・って」
「そうよね、好きなら、やっぱりやってみたいわよね」
「それと・・・」
「・・・それと?」
彼女はまたそこで口ごもって、ストローをくわえた・・・
私は・・・とりあえず彼女を見ているだけで幸せだった。憧れの美優が、こうして目の前で私と一緒にお茶してる・・・それだけで心がうきうきしているのが分かった。
「それと・・・優依と一緒に居たいから・・・」
私は一瞬にして顔が真っ赤になるのが分かった・・・ああ、神様・・・ありがとう。私、今の瞬間をぜったいに忘れない・・・
「あ・・・あ・・・ありがとう・・・わた・・・私も、嬉しい・・・」
抱き着きたい衝動を抑えるのに、必死だった。
美優は、ちょっと私の顔を見て、また下を向いてしまった。ふたりの間に、妙な緊張感が張りつめた・・・
と、美優の携帯が震えた。びくっとして美優はスマホを見た。
「あ、母さんから・・・遅くなるなら、連絡しなさいって・・・」
ふと見ると外はもう真っ暗だった。
「あ、そうよね、もうこんな時間・・・」
時計を見ると、7時半をまわっていた。私はさっと空いたカップをふたつと、ガムシロとミルクのごみを持って横のごみ箱に捨てて、美優の手をとった。
「行こ?」
「う・・・うん」
美優はためらいがちに、でも嬉しそうに私と手をつないで、コンビニを出た。
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