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JR中野駅北口から少し歩いたところに、新しい美容院がオープンしたのは、しっとりとした空気に緑が漂う初夏のことだった。
「六月なのに、五月だなんて……」
スチール製のスタンドプレートに書かれた店の名前を一瞥し、鴛尾周は大きく息を吐いた。
新しいカレンダーをめくれない、私みたい……。
チラリと腕時計に視線を落とせば、時計の針は21時30分をまわったところ。閉店まで、あと30分弱だ。
周は、小さくうなずくと、思いきってドアノブに手をかける。アルコールが入っていたため、いつもよりも少し大胆になっていたらしい。
紺色のワンピースの裾がはためき、真新しい黒いパンプスの華奢なヒールが、高い音を鳴らす。
勢いよく木製のドアを開けば、カラン、カランとアンティークの鐘が忙しない様子で店内に乾いた音を響かせた。
「いらっしゃいませ」
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