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俺達の家は住宅街にあり、周りには家しかない。どこを向いても、どこへ移動しても、あるのは家だけだ。だから、最初の頃は、迷ってばかりだった。正直、今でも道が良く分からないので、一人では出掛けたくない。
「……えっと、何処に行くんだ?」
「まずは、駅の方に向かって、踏み切りの先にある水守中学校の前を通り抜けます」
張り切った様子で説明する由理。
「ってか、一回学校に着くのかよ」
「そしたら、あそこね」
「あぁ、あそこか」
あそこというからには、あの場所だろう。
由理は、歩き出す。一方の俺は、由理の横に並ぶと見せて、半歩後ろにつく感じで、後に続いた。道については、完全に由理に任せている。
しばらく歩くと、商店街に入った。ちらほらと、開店の準備をしている店が伺えた。
あれは、八百屋だろうか? あのシャッターが降りているのは理髪店か?
そのまま、商店街を抜ければ、駅に着く。
もちろん、俺達の目的地は、踏み切りの先にある水守中を越えたあの場所で、駅ではない。しかし、俺達は駅で立ち止まることに為ったのである。
駅には、意外な男が居て、爽やかな笑顔で声をかけてきた。その男は、チノパンに青い襟つきシャツというラフな格好をしていて、スラッとした体格が良く目立っていた。
「やあ、二人で仲良く登校か。兄妹上手くやっているようだね。僕は、普段見れてないけど……」
まさか、この男に会うとは。何故、居るのだろう? 俺は、訊ねた。
「勇一さん、帰ってたんですか?」
彼の名前は、藤河勇一。
そう。彼こそが、俺の新しい父親なのだ。俺の母親とこの前籍を入れたばかりだ。
「うん。たった今、電車を降りたとこ」
「お帰りなさい」
彼の元からの娘である由理が言った。
「うん、ただいま。郁さんは、今家に居るかな?」
俺の元からの母親の所在を訊ねられた。そういえば、家には居なかったが、何でだっただろうか?
「宿直だったみたいなので、昨日から帰ってません」
俺が思い出そうとしている間に、由理が答えた。
俺の元からの母親である郁さんは、小さな自社ビルを持つ程度の会社にずっと前から勤めている。
一方、勇一さんはというと、職業が一切不明である。知っているのは郁さんだけで、由理も知らないらしい。そうして、ある一定期間、家に帰らないことが多々ある仕事なのらしい。その為、俺はまだこの人とは、同居をしたことがない。彼が帰ってきたということは、今日から同居が始まるのだろう。そうすると、ふと思ってしまう。そんなに家を空けているのならば、結婚する前は由理も当然誰かに預けられていて、今までもあまり一緒に生活していなかったのではないのだろうかと。だか、詳しくは聞いたことがない。
郁さんは、ギリギリ生活できる狭いアパートを借りていた平社員で、勇一さんは、職業不明と来れば、いったいあの新築戸建ては、何処から金が来ていたのか、不明瞭だ。しかし、まあ、俺達子供は、そんなことは、どうせ知らないままなのだ。
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