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「おー、お疲れ」
「……なんのつもりよ」
あれからちょうど2週間後の金曜日。昼休みに川田からメッセージが入った。
──今日ヒマ?飲みに行こう。香坂がダメなら古賀と行くけど。
全然音沙汰がなかったから、もう忘れてくれたと思っていたところだったのに。……まあ、川田がそんなにいい奴なわけないよね。うん。
「いや、金曜だし?香坂と飲みたいなーって」
ストライプ柄のワイシャツに黒のネクタイ、グレーのスラックスという出で立ちの川田は、わたしの顔を見てニヤリと笑った。
「これは脅迫よ、脅迫」
「脅迫って人聞き悪いな。あのメッセージのどこが脅迫だよ」
まあ座れよ、と川田が隣の席に置いていたジャケットと鞄をどけた。狭いお店だし、今日は金曜日だから相変わらずおじさん連中で賑わっているし──わたしは仕方なく、そのカウンター席に腰を下ろす。
「おまえ、こういう渋いもの好きだろ。食えよ」
そう言って川田は、たこわさと炙りイカの皿をこっちに寄越す。わたしの大好きなモツ煮も、半分ちゃんと残してある。
「川田……アンタ、ここまでしてわたしとしたいわけ?」
ため息混じりにたこわさを口に放り込んだところで、「はい、生一丁」と冷えたビールがテーブルに置かれた。わたしは、乾杯もせずに喉に流し込む。
「そうそう。飲み友達兼セフレってことでいいじゃん。おまえだって、良かっただろ?」
川田がなんでもないように言って、タバコの煙を深く吐き出した。わたしに煙がかからないようにきちんと気遣ってくれるところが、いかにも女慣れしているチャラ男らしい。
「ちょっと、声でかいって」
「こんなうるせーんだし、何話してるかなんて聞こえねえって。それとも、俺とやっちゃったのがそんなに不名誉?」
「……に、決まってんでしょ」
はあ、と深くため息をついてモツ煮を口に運ぶ。やっぱりここのモツ煮は最高においしい。
大人しく帰してもらえると思うなよ、と川田が笑った。ビールのジョッキを掴もうとしたわたしの右手をぎゅっと握りながら。
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