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「朝一で直し入ったところ、できた?」
「うん」
「課長もひどいよな。こんなギリギリで差し替えろって」
でもさすが香坂だよな、こんな短時間で。古賀がそう言って笑った横顔を、ちらりと盗み見る。
すっと通った鼻筋に、微笑んだときにできる笑い皺。この数年間、古賀が社用車を運転する横顔をこうして見るのが好きだった。
──ずっと前から分かっていた気持ち、のはずだったのに。胸の真ん中をやわらかく、でもしっかりと掴まれたような、鈍い痛みを感じる。
「香坂、どうかした?珍しく黙ってるけど」
「えっ……いや、お昼どこにしようかなって」
「ああ。北区はおいしいラーメン屋多いんだよな。つけ麺とか」
どんよりとした曇り空の下、車は川沿いの大きな通りに出て、前方が赤信号のため静かに減速した。絞ったボリュームで流れるラジオから、能天気なJポップの新曲が流れている。
──息が詰まりそう。何か、話題ないかな。仕事以外で、共通の……。
「川田、最近機嫌いいよな」
突然、古賀の口から出たその名前に、胸がどくんと嫌な音を立てた。
「そ、そう……?」
「ああ、香坂は川田とそんなに話さないもんな。なんかいいことでもあったのかって訊いても、ニヤニヤするだけなんだよ。よっぽどいい女にでも出会ったのかな」
青信号になり、車はゆるやかに加速する。なんと答えるべきか困ってしまい、「そっか」と小さな声で返事をした。
「意外と鋭いやつだから、俺のことはすげえ訊いてくるくせにな。まあ、あいつは私生活ぶっ飛んでるからなぁ」
古賀の低い笑い声が響く。話題、変えないと。心臓がどくどくと鳴っているのを感じて、思わず「あの」と話を遮った。意外と大きな声が出てしまって、自分でもびっくりしてしまう。
「え、なに?」
古賀が驚いたようにわたしをちらりと見る。特に話すことを決めていなかったので、「古賀はどうなの」なんて、一番聞きたくない話を振ってしまっていた。
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