13725人が本棚に入れています
本棚に追加
/115ページ
#1 まさかの金曜日
失恋ってほどではないけれど、胸の奥が痛かったのは事実だ。
相手がいるってわかって初めて、彼に惹かれていたことを知るなんて──27歳にもなって、恋愛も上手にできない。どうでもいい男は言い寄ってくるのに、自分が想いを寄せた相手には好いてもらえない。いつものことだ。
まだ真新しい傷が、心臓の表面のやわらかいところにできたみたいで、彼と話すたびにそこがチリチリと痛む。
*
「あれ、香坂じゃん」
9月最初の金曜日、会社から程近い大衆居酒屋。カウンター席でビールを飲みながら砂肝串を頬張っていると、見知った顔に声をかけられた。
「げっ……川田」
「おい、同期に向かってひどい態度だな。……にしてもおまえ、ほんと見た目に合わない飲み方するよな」
すいません、俺もビールひとつ、とカウンター内の店員さんに声をかけ、川田がわたしの隣に腰を下ろした。
「ちょっと、なんで隣に座るのよ」
「別にいいじゃん。冷たいこと言うなよ」
──サクッとひとりで飲むのが好きなのに。だいたい、川田なんかと何話せばいいのよ。
川田は、「せっかくの金曜におっさんに混じってひとり飲みって、相当ストレス溜まってんな」と苦笑しながらおしぼりで手を拭いている。
「うるさい、ほっといてよ」
モツ煮を箸で崩しながら、川田の顔も見ずに返す。すぐにジョッキに入ったビールが運ばれてきて、「はい、かんぱーい」と言われたが、わたしは無言でモツ煮を食べ続けた。
川田航希は、同期一、いや、社内一と言ってもいいくらいのチャラ男だ。
意外にも仕事に関しては至って真面目で、そのコミュニケーション力の高さから、営業という職種には向いていると思う。
問題は女癖の悪さ。社内でも総務や経理のあの子と付き合っているだのセフレだの、という噂が絶えず、挙句の果てには取引先の若い女の子たちにも手を出しているという話だ。
それで仕事に支障をきたしていないのだから、ある意味すごい。
最初のコメントを投稿しよう!