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#5 揺れる心は誰のもの
主人公が恐る恐る部屋のドアを開けると、そこには誰もいない。ホッとして暗闇の中を進む彼の後ろで、ドアが勝手に閉まる。ハッと振り返った主人公の後ろには、髪の長い血塗れの女の人が──。
「うわあぁぁぁぁっ」
「ちょっと、びっくりさせないでよ!いいところなのに!」
「無理、俺もう無理。こんな、部屋を真っ暗にしてホラー映画観るとかマジで悪趣味」
「あんたが観ようって言ったんでしょ……」
わたしが呆れたように言うと、航希はブランケットで顔のほとんどを隠しながら「だって、おまえがもっと可愛く怖がると思ったから」と泣きそうな声を出した。
「それは残念。わたし、スプラッタとか結構好きだし」
「女の子はそういうの、キャーって怖がるモンだろ……」
航希は暗闇の中を手探りでリモコンを探し出し、停止ボタンを押して映画の再生を止めてしまった。あーあ、クライマックスだったのに。
「もう終わり。飲み直すぞ。飲んで忘れる、夢に出てきそうだから」
「えー……じゃあ、航希が寝てからこっそり続き観ていい?」
「だめに決まってんだろ!」
冷蔵庫に飲み物を取りに行こうと立ち上がった航希が、すごい形相で振り返る。……本気で怖がってる。男のくせに情けないんだから。
11月中旬の金曜日。秋はあっという間に通り過ぎていき、数日前には初雪が降った。わたしは相変わらず、金曜日の夜を航希と過ごしている。
初めて来たときにはTシャツにスウェットだった航希の部屋着も、今は分厚いスウェットの上下に変わっている。わたしはというと、胸くらいまで伸びた髪をシュシュで雑に束ねて、モコモコとしたパーカーに着古したスウェットズボン、という色気の欠片もない格好だ。
「マジありえない。なんだよあれ、あんなの後ろにいたら俺、卒倒するって……」
ブツブツと呟きながら、航希がフライパンを火にかける。
「また何か作ってくれるの?」
「砂肝が安かったから。ごま油とにんにくで炒めるだけ」
航希はタバコを咥えながら得意げに言って、缶ビールのプルタブを開ける。プシュッという小気味いい音が、静かになったリビングに響いた。
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