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「はぁ…はぁ…はぁ…。」
私と母は雨の中を走っていた。
いきなり狂った男が私達の住まいにやってきて、母を切りつけてきたのだ。
母は私を守るために戦った。
一撃を喰らわして男が怯んだ隙に、母は私を連れて逃げ出した。
無我夢中で暗闇の中を走った。
走って走って…必死に逃げた。
そしたらまるで見たことがない場所まで来ていた。
周りは緑ばかりで家など見当たらない。
やっと辿り着いた公園の木の陰に座り込み、母と身を寄せ合いながら一晩を明かす事にした。
しばらくは震えながら過ごしていたが、いつのまにか眠ってしまったらしい。
「あなた首から血が出てるじゃない!!」
女の叫び声で目が覚めた。
辺りはすっかり明るくなっていた。
散歩中だったのか犬を連れた中年の女が私達を見て青ざめて立っていた。
犬はワンワンと勢いよく鳴いている。
「すぐに手当てしないと!」
そう言ってグッタリしている母の首にハンカチを当てて、私達を自家用車で病院へ連れて行ってくれた。
病院に着くと母は直ぐに手術室に運ばれた。
母が心配で私はたくさん泣いた。
そんな小さい私を不憫に思ったのか、看護師らしき女が私を強く抱きしめてくれた。
泣き疲れて静かになった頃、綺麗な暖かいタオルで汚れを拭いてくれて少し気持ちが落ち着いた。
母は今日はこのまま病院に泊まるらしい。
「…あの子はどうしたら良いですかね。」
ヒソヒソと話す大人の声が聞こえる。
「…いや、うちは無理ですよ。」
連れてきた女がそう話しているのが聞こえた。
「うちも今満床だからな…。」
私を手当てしてくれた医者の声も聞こえる。
「役所に相談するしかないな…。」
そうしてそのヤクショと言うところに電話をかけていた。
しばらくすると、女が2人来て私に挨拶する。
「こんにちは。怖かったね。もう大丈夫。心配しないで。私達の家に行こう。もう安心して良いよ。」
そう言って震える私をその女が抱きしめてくれた。
私は保護施設に行くことになったらしい。
その施設には私と同じように保護されている子が大勢いた。
年代を分けてあり、もう少し大きい子は隣の建物で生活している。
最初は悲しくて、寂しくて、ただただ泣いた。
その後は泣くのも疲れて、物陰にひっそりと一人で座っているのが好きだった。
同じ年齢の子と遊ぼうとしない私を見て、職員の女達は心配していた。
日が経つに連れて施設にも慣れてきたが、あまり他の子と遊びたくないのは変わらなかった。
最初のうちは病院にもよく連れて行ってくれた。
母に会えるのは嬉しかったけど、そのついでにヨボウセッシュ?とかなんとか言う痛い注射をされる時も有ったから複雑だった。
帰りの車の中で職員の女達は
「お母さんが良くなったら施設に必ず来るから、それまで待ってようね。」
そう言って私を励ましたが、
その後母には2度と会えなかった。
私は職員の女達に「病院に連れて行って欲しい」と泣いて訴えたが連れて行ってくれなかった。
「分かった、分かった。」と言うばかりで何も行動に移してくれない。
私はますます物陰に座っている時間が多くなって、ただボンヤリと他の子が遊んでいるのを見るだけだった。
ある日、私と同じくらいの年齢の子が大人の男と女に連れて行かれて、その日から帰って来なくなった。
サトオヤ?に行ったとかなんとか。
また他の子が大人の男と女に連れて行かれて帰って来なくなった。
「…あの子は愛想が無いからね。」
「心の傷が深いだけ…本当は可愛いいのよ。」
職員達が私を見てヒソヒソと話をしている。
私はいつもの場所でひっそりと座っているしかなかった。
ある日見たことない女が私のいつもの場所に現れて話しかけてくる。
「こんにちは!」
私は何て返せば良いか分からなかったから無視した。
その女は別の子にもそれぞれに話しかけていた。
1時間が経った頃だろうか、もう一度その女が私の前に来て「こんにちは。」と言う。
私は気まずくてそっぽを向いた。
それでもその女は私の前に座り、笑顔で私を見ている。
私は仕方なく寝たふりをしてみた。
そしたらその女はしばらく側で私を見て、最後に私の頭を撫でて帰って行った。
次の日その女は男を連れてきた。
そしてその男と一緒に職員に詰め寄っている。
「…私は絶対あの子が良いんです!」
「…でもあの子はちょっと大変かも知れません。心の傷が深いみたいで。はじめての里親の方には難しいかと…。」
「大丈夫です。うちで必ず幸せにします!」
何だかんだ職員とごちゃごちゃ揉めていたが、1時間後に女と男が私の前に来た。
涙を浮かべて泣いているのか、笑っているのかわからない顔でひょいと私を抱き上げて
「もう大丈夫。一緒に帰れるから。」
そう言って、私はその女と男の家のサトオヤに行くことになった。
女と男の家は結構広かった。
私が迷うといけないから、女は私を抱っこして歩いてくれた。
広くてちょっと怖いくらいだった。
女は私が落ち着くようにと、私の部屋を用意してくれていた。
私は怖いのもあって、あんまり他の部屋には行かなかった。
そして部屋には色々なオモチャが用意してあったが、私はやっぱり物陰に座るのが好きだった。
女は毎日せっせと食事を運んできてくれて、夜は私の部屋に自分の布団を敷いて隣で寝ていた。
3日が経った頃、私は具合が悪くなった。
食事が食べれなくなった。
何も食べれない私を女は大層心配して、直ぐに病院に連れて行ってくれた。
「インフルエンザですね。」
そう医者が言っていた。
その後思いっきり痛い注射をされて泣いた。
注射はやっぱり大嫌いだ。
家に帰ると女は辛そうに寝ている私をずっと心配そうに見ていて
何度も熱を測ったり、水分補給のゼリーを食べさせたり
夜は熱が上がりそうで寒くて震えていたら、寄り添って一緒に寝てくれて暖かかった。
そんな状態が一晩中続き、朝方になると私は少しだけ元気になった。
外がすっかり明るくなって、それでも女は起きなかったので、昨日は何も食べてないし、お腹がすいたので、女を起こして何か貰おうと思い起き上がって声を掛けた。
すると女は飛び起きて、私の顔を見るなり
「良かった〜!!」
と言いながら抱きついてきた。
グリグリと顔を擦り付けて
「ごめんね。辛い思いさせて。今度は私がもっと気をつけるから。」
何でこの女は謝っているのかわからなかったが、グリグリと顔を擦らせるのは割と好きだった。
声を聞いたのか男が部屋に飛んで入ってきて、また私の顔を見るなり
「良くなったか!よかった〜!」
と言って私の頭をゴシゴシ撫でた。
ちょうど寝てばかりいて頭が痒かった事もあり、このゴシゴシも気持ち良かった。
それから少しずつ食欲も戻り、2週間後に医者に行ったら
「治りましたね。もう良いでしょう。」
と言われて、痛い注射をされないで帰って来れた。
それからと言うもの、女と男が毎日ニコニコ笑顔で、私が食べたことがないような美味しいものをくれるようになった。
病気で食欲が無かった時に心配して美味しいものをたくさん買ってくれた事がきっかけだった。
本当に美味しくて美味しくて、気持ちが悪くなって吐くくらい食べたこともあった。
私は部屋の隅にいるよりも、その女と男の側で過ごしたいと思い始めていた。
男は毎日どこかに出かけ、帰ってくる。
私に必ずお土産を買って帰ってくる。
いつしか男が帰ってくるのが待ち遠しくなった。
女は甲斐甲斐しく毎日私の世話をしてくれる。
私がトイレをした後に直ぐに来て、中を確認しながら
「良い子だね〜。いっぱい出たね〜。」
と嬉しそうに私の頭を撫でるちょっと変な女だけど、健康に気を配ってくれているのかもしれない。
この女の匂いが自分に染み付いてきたのが分かる。
そしてその匂いが少し好きになっていた。
「お母さんの匂い…。」
ふと、そう思うようになっていた。
(今度「お母さん」って呼んでみようかな…)
気まぐれにそう思った。
女が私を呼ぶ声がする。
私は思い切ってお母さんと呼ぶことにした。
せーのっ
「ニャーーーーーオ。」
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