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『美雨の母親が、会いたいって……』
『会わせるのか?母さん。 育児放棄して、玄関に捨てていったようなヤツだろ?』
『ぁ……美雨?! いつから……?』
『美雨!』
兄と目が合い、とっさに家を飛び出した。
知ってた。 本当は、ずっと前から。
でも、知られてしまった。
知らなかったじゃ、済まされなくなる。
今までみたいに、触れられなくなる。
「美雨!」
振り返ると兄が、顎の下の汗を手の甲で拭いながら、そこに立っていた。
久しぶりに見る兄の汗と、真剣な眼差し。
私は、そんな兄と対峙するのが怖くなり、思わず後退りした。
「待て! どこにも行くな!」
そう叫びながら、私の手首を掴んだ兄。
手首から、兄の力強さが伝わってきて、それだけで全身の血が沸騰しそうになる。
「無事か? どこも怪我してないか?」
声が出てこなくて、こくっと頷いてみせた瞬間_、私は、兄の腕の中に収まっていた。
ゆっくりと確認するように、腕に力を込めていく兄……。
「バカヤロー……! 心配させやがって」
「……ひろ兄ぃ」
こんなに力強くて、広くて、厚い胸板……。
やっぱり兄も、男の人なんだ。
「でも良かった……ホント良かった……。 もう、どこにも行くな」
「…………」
「今は、難しい事考えなくていい。 あの家にいろ。 オレの側で、今までみたいに笑ってろよ」
「……今までみたいで良いの?」
「当たり前だ。 家族なんだから」
「……うん」
なんて優しくて、なんて残酷な言葉……。
私と同じ気持ちじゃない事くらい分かってる。
分かってるけど……
私も、そっと、兄の背中に手を回した。
もう少しだけ、あなたの鈍さに甘えていたい。
私の愛しいひと。
fin
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