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「あなたは、この世界に存在してはいけないの」
私の名前は希実と言います。
何も取り柄のない私には、彼氏がいつも側に居てくれます。
まっすぐに私のことを見てくれて、告白の言葉は少しひねくれていたけれどいつまでも隣にいてほしいと思ってしまう存在です。
ある日、私と彼は『恋の実る橋』と付けらた橋の上を歩いていました。
『恋の実る橋』と名前が付けられたのは、夕暮れの景色が綺麗だったり、車通りも人通りも少ないので一目をあまり気にせずに想いを伝えられる場所だからなど、様々な意見が合わさって付けられたのです。
彼が私に告白をしてくれた場所も、この恋の実る橋。
それから三年という月日が流れていたこともあり、思い出の場所へ足を運ぶこととなりました。
「ここだね~~、告白してくれた場所」
「今日はやけにテンション高いな」
人通りの少ない橋と言いましたが、私たちもここに来るのはその時、告白以来のことでした。
思い出の場所で気持ちが高まった私はゆっくりと歩く彼を置いていくように駆け足で歩を進めます。
「私たちのこうした日々が始まった場所だよ?」
「そうだな」
「俺の側に居てくれ!って言われた思い出の場所だよ?」
「ちょっとまて、まだそれ覚えてるのか!」
「当たり前でしょ~~。そばにいてくれじゃなくて普通に好きって言えばいいのに」
3年前、夕暮れで茜色に染まる景色の中、彼はここで「いつまでも俺の側にいてください」と私に叫びました。
そんな遠回しのような言葉に対して思わず笑ってしまった私は「そういう面白いところが好き」と言って彼の熱い想いを受け止めました。
「ねぇ、見て!あの時みたいに綺麗な景色だよ」
「あぁ、綺麗な景色だな」
東から昇り西の山へと欠けてゆく太陽。
夕暮れの景色は写真にしても絵にしても文句はない景色です。
綺麗な景色の中にいる『今』という時間がいつまでも続いて行くだろう。私でなくてもがそう思い、願い信じることだと思います。
恋の実る橋の上での時間を満喫して、帰ろうとした時に私の人生の分岐点が訪れてしまうのです。
「さぁ、帰ろうか」
彼と一緒に橋の手すりに手を置いて景色を眺めていた私はそう呟きました。
隣には彼が同じ景色を見ている。
ずっとそうだと思っていました……。
「ね、帰る……よ?」
彼から返事がなかったのでもう一度隣の彼の方に視線を向けながら言いましたが、そこには彼の姿はありませんでした。
「えっ……」
私の視界には他に誰もいない橋──。
周りを見渡しても彼の姿は何処にもありません。
焦る中で、視界の端に見覚えのあるものが映り込んだことに気づきます。
「ま……さか……」
彼がいると思っていた場所、私の立っている場所のすぐ隣。
目線の高さしか見ていなかったため気づかなかった地面の高さに残された見たことのある一組の靴。
目を疑うその状況に私は何も考えられず、何も聞こえなくなりました。
髪を踊らせる風の音も、緩やかに流れる橋下の水の音も、稀に通る自動車の音も全部……。
景色に見とれているほんの少しの間にいなくなった彼。
橋の上に残された靴。
これだけで考えれることは──。
「嘘……だよね」
怖くて怖くて、橋の下を覗くことはとても出来ませんでしたが、彼は私を置いて新たな世界へと旅立ってしまったのでした。
テレビや新聞、ネットニュースにもそのことは書いてありました。
自殺とのことです。
『恋の実る橋』は私の中で『不幸をもたらす橋』という存在に変わったのです。
事件から一週間の間、私は深い絶望と戦うこととなりました。
涙はいつでも枯れていて、食欲も出ず、笑うこともありません。
1ヶ月が過ぎたときには寂しい生活を受け入れてしまう自分が出来始めており、私はそんな自分を正すために彼の居なくなってしまった『恋の実る橋』に毎日通うことにしました。
彼がまた帰ってくる、もう一度想いを伝えてくれる日が来ると信じて……。
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