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交通量の多い交差点。電車が滑り込んでくる駅のホーム。天井から吊られた輪状のロープ。足がすくむような高さのビル屋上。
和也が命を絶ってから――彼が試したのであろう状況に幸子自身も立ってみた。同じ視点になれば、彼の気持ちが少しでも分かるのではないか、と思ったからだった。
けれど自分と息子は違った。自分には自殺する勇気がどうしてもなかった。その一歩を踏み出せばそちら側に行けるのに――幸子は死を直前にすると全身が震え上がった。息子はこの死への大きな一歩をどうやって乗り越えたのだろう。どんな気持ちで踏み締めていったんだろう。
自分の生死が、自らの手に委ねられている感覚は、狂いそうなぐらいの苦しみだった。
彼が息を引き取る最後の瞬間に感じた想いはいったいどんなものだったんだろうか。苦しい生から逃げ出せる安堵? それとも目の前に迫りくる死に対する恐怖? 自らの手で命を終わらせる後悔は?
息子の思考を必死になぞる。彼になりたかった。彼が現実に追い詰められはじめてから、死を決断し実行するまで。その葛藤や苦しみをすべて受け止めたかった――けれど結局分からない。全ては空想に過ぎない。幸子の脳内で創り上げられる息子の思考回路は、どうあがいても幸子自身のものでしかない。「死を選べない」自分と「死を選べた」彼の思考には、大きな大きな溝がある。
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