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話は少し戻る。
クローディア法術学院・学院長執務室。
卒業式後の理事会から戻ったロークワゴン・ダイヤクロウは、
イスに外齢十二、三歳の小さな身体をぽふりと預けた。
そこへ秘書のパレット・カモミールが、遅い昼食を供してくれた。
好物のダリアン・クラブサンド(ベーコン抜き)。
紅茶は香りからアールグレイにレンゲの蜂蜜入りだ。
手拭きで手をぬぐうと、早速大口を開けて二段重ねのパンにかじりつく。それから、自分の生活圏で繰り広げられる光景を物珍しそうに眺めた。
「ねえ、パレット。あの親子ゲンカ、いつから?」
「十七分前からです。学院長」
「原因は……テーブルにのってる、アレかな」
「そのように思われます」
カモミールは短く応じて、学院長に一礼すると執務室から出て行った。
「グランドとセレナは学生結婚だったから、気にもとめてなかったけど。アルトもそういう年頃になったんだねえ」
ロークワゴンは思わず、叔父として姪の成長に感慨を口ずさんだ。
§ § §
「お断りします!」
アルトは我慢の限界に達した様子で言い切った。
「こればかりは、お前の一存ではどうにもならんぞ。これは貴族の義務だ」
母セレナは動じることなく、厳しく言い放つ。
「義務がなんですか、社交界なんてまっぴらです。自分の伴侶ぐらい自分で見つけ出して見せます!」
「はっはっはっ。笑止だな。そういうイキった大口を叩くのなら、こっちで相手を決めて、明日にでも顔も知らぬ貴族の元に嫁がせてもいいのだぞ!」
「なんて横暴なっ。そんな勝手な親の理屈は、時代錯誤にもほどがありますっ」
「お前がなんと言おうと、それが貴族の世界だっ。現実を見ろ!
お前は周囲の同世代に比べて一歩も二歩も出遅れているんだ。
世間の笑いものになっていいのか?」
「笑われて、傷つくような家でもないでしょう。
体面を気にする御家ほど器量の底が知れるというものです」
母と娘が応接テーブルを挟んで角突き合わせている議題は、アルトの社交界デビュー。つき詰めれば、婚姻話だ。
応接テーブルに山積みされている舞踏会の招待状やサロン入会申込書などのいわゆる〝婚活〟案内状だった。
王国ダリアにおける男爵位以上となる貴族の社交適齢期は、男女ともに十五歳からというのが一般的な貴族の社会認識である。
よって、子弟はその前年である十四歳から、気の早い上流家庭では十三歳から社交界デビューを果たす。
そのため、わが子に行儀作法の家庭教師をつけたり、有名な社交家が催すサロンに入会したりして婚姻や就職のための人脈作りに励ませるのである。
主な行儀は、「見識」「テーブルマナー」「舞踏」という
〝社交の三常識〟だ。
ただ、アルトの嫁ぎ先選定については、ロークワゴンが伯父スカイラインから、占星術による占易を一任されていた。
だが、その占い結果をロークワゴンから、レイヴンハート夫妻に伝えることはない。理由は明白で、占星術とは本来〝秘する術〟だからだ。
占星盤を回る賽はデリケートで、術者だけでなく余人の念にも左右されやすい魔法具である。
真正なる未来視を可能とする施術は、おおっぴらに施術結果を相手に告げたり、過程を披露して金銭を取る辻占いとは精度も説得力も段違いとなる。
よって、誰かに見られたり、知られるのは最少でなければならない。
結果を知るのは、ロークワゴン自身を除けば、最高決定権者のスカイラインのみとなる。
言い換えると、祖父スカイラインだけにアルトの婚姻拒否権がある。
だから当主のご下命に父親のグランドがひどく慌てたし、その場にいなかった母親セレナには、それすら伝えられていまい。
(だからってさ。親子げんかを、僕の仕事場でやるかね……)
ロークワゴンは、ただじっと星の巡りを見守るだけだった。
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