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  §  §  § 「でもさぁ。おふくろ」  今まで黙っていたジュークが渋々といった様子で口を(はさ)んだ。 「うちの家以外の【両双家】は、誰も結婚してなくね?」  弟の指摘に、アルトはぶんぶんと頭を振った。ロークワゴンをはじめ、女魔法使いミライースも独身だ。  すると母セレナは足を組み直して、一笑に付した。 「生憎だったな。兄貴のフリードには、嫁が五人いる」 「「初耳です」」  双子は同時にうめいた。 「ジューク。私はお前の結婚観には口を差し挟まないつもりだ。  平民だろうと市民だろうと、お前が添い遂げたいと思った相手なら、  喜んで当家に迎え入れる準備がある。なぜか、わかるか?」 「そりゃあ……おれが長男だから?」 「それもある。だが一番の理由はもっと物質的で、決定的だ」  なんだそりゃ。ジュークは怪訝な顔で、なんとなくとなりを窺う。  と、アルトが黒眉を跳ね上げて顔を真っ赤にしている。  いわゆる爆発寸前だった。 「あ、姉貴っ? ──ちょっと、おふくろ。どういうことだよ」 「わからんか。お前とアルトの決定的な違いは、なんだ?」  ジュークは何度も姉と母の顔を見比べながら、 「違い? お、男と女とか」 「あのな……もういい。なら、あえて母であるわたしが言ってやろう」  セレナは胸の前で腕を組み、容赦なく言いはなった。 「それはな。アルトには、マナがないからだ」 「あ……っ」  ジュークは半口を開けたまま、そっと目線だけを姉に向けた。  ゼロマナ。  アルトは、魔法の素質であるマナを体内に循環できない体質の持ち主だった。  王国ダリア内務省の統計では、国内の平民と市民をあわせた一般階級の総人口でみれば、およそ九七パーセント。王族と貴族の上流階級でみても、四七パーセントがマナ循環を先天的に持たないと言われている。  日常を暮らしていれば、特段の支障もないので、珍しいことではなかった。  だが魔法世界においては、異常事態だった。 【両双家】と呼ばれる王国ダリアの執政魔術師一族の中から、マナの加護を受けられない子供が現れることは前例がないわけではない。  だが、突然変異としか言えない椿事(ちんじ)だった。  冗談半分で茶化すのはまだいい。真面目な場で、真面目な話の中で「自分にマナがない」ことを指摘されることに、アルトは内心で強い劣等感を抱き続けている。  (さき)のワイバーン騒乱でみずから〝無能魔術師〟を名乗ることで、その劣等感を払拭したかにも思えた。  だがその名乗った病室で、国内魔法使いのエリート集団である国立枢機院の幕僚将校らの、あの痛々しいモノを見る眼差しは、ジュークでさえ目と耳を塞ぎたくなるほどだった。  それほどに、マナとの共存共応は、魔法使いを魔法使いたらしめる存在意義であった。  その上で、ジュークは知っていた。  姉アルトには、誰にも真似できない天賦(てんぷ)の才能がある。  魔法に一度もマナを介して試験発動をせず、誰も見たことがない魔法術式の回路図(サーキットマップ)を描けることである。  一流の魔法使いが新たな魔法──錬成術式回路(フォーミュラ・サーキット)を完成させるのに、二〇〇年費やしても日の目を見れるかどうかと言われている。  その理由は機関部〝テウルギア〟の仕組みに複雑精緻を要求される場合がほとんどだからである。  アルトの〝テウルギア〟への理解度は、大魔法使いスカイラインの孫にふさわしい才気だった。  この非常識な才能は、今のところジュークしか気づいていない。  けれど姉を擁護するためにこのことを話せば、ワイバーンを追い払ったあの大魔法がジュークの中でまだ〝生きている〟ことがこの場で露見してしまう。  その直後、〝無能魔術師〟は未来永劫、幽閉されるだろう。  どこに潜んでいるとも知れぬ〝敵〟に奪われないために。    また、姉と引き離されるのは、嫌だ。  そんなジュークの葛藤をよそに、母セレナは押し黙る姉に追い打ちをかけていた。 「医学的、魔法生理学的に言って、マナを持たないお前は平民の娘とそう変わらん。いわゆる先天的にマナによる時間的肉体保存が維持されない。  もっと言えば──」 「ちょっと。おふくろっ。それ以上言う必要はねーだろ」  ジュークが慌てて止めたが、母はそれを押しのけるように断言した。 「──〝魔法使いとしての人生がない〟に等しいのだ!」  もしゃっもしゃっ……。  もしゃっもしゃ……っ。  叔父の遅い昼食の音だけが、この部屋の時間が止まっていないことを示した。  姉は(うつむ)いたまま音もなく立ち上がって、言った。 「私、レイヴンハートの家を出ます」  「あ、姉貴っ!?」ジュークは目を瞠った。 「もう貴族を辞めて、平民になりますっ」 「ふんっ。平民になってどうする?」  娘を眺めやる母の眼は冷たい。できるはずないと思っているのだろう。  姉は軽く鼻をすすり、書架を見上げた。 「幸い、卒論の通信魔法は国立枢機院で実用化のめどが立って、枢機院から契約の手付け金として二〇〇万ロットいただけることになりました」 「なっ……なん、だと?」  セレナが見開いた目で、息子に確認をとる。  もちろん、ジュークは全力で顔を振った。 「それでどこか、王都の目が届かない村に学校を作り、そこで平民の子供たちに貴族と魔法使いは悪だと教えて、三七年後の十二月までにこのダリアで革命を起こし、【両双家】をぶっ潰してやります」 「ざっくりした未来予想にしては、期限だけ具体的すぎるなあ!」  ジュークはツッコんだ。  母セレナはそれでもまだ、どこか娘の反逆を楽しげにせせら笑う余裕があった。 「ふ、ふん。ほほう。そりゃまた実に長大で過激な計画だな」 「やります。とくに魔法医療という分野は、人体実験の悪魔呪術の巣窟だと教え広めていきます」 「おい、やめろ。ここまで築き上げたフェアレディ様とわたしの功績をご破算にするな。国民にも寄与して──」 「今日まで長らく育てていただいて、誠にありがとうございましたっ。  今後はどうぞ。おっ、かっ、まっ、いっ、なっ、くっ!」  ガウンの袖から出した母へのボトルネックを案内状の山頂へ置く。  それからぺこりと頭を下げると、姉は大股で執務室を出て行った。  ジュークは、一も二もなくそのあとを追いかけた。
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