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「あーのさぁ……」  ノア・ディンブラは、コーヒーカップを二つ、双子の前に置きながら言った。 「あたしも今日はちょっと気分が落ち込んでて、割としんどいのよ。  独りになりたい時とかもあるわけ。わかる?」 「もちろんっすよ。けど、つらい時はお互いに助け合うってのもの、人間じゃないっすかね?」  ジュークが愛想笑いでとりつくろおうとする。  ノアは容赦なく、後輩の耳を摘みあげた。 「後輩。あんたが真っ当な人情語る前に、人の話を聞けってのよ。あたしは、独りに、なりたいの。明日からまた元気に働くために、ねっ」 「痛ててて。引っぱるな引っぱらないでっ。ほんとマジちぎれるからっ」 「あのぉ、ノアさん。ご迷惑だったでしょうか」  アルトはマグカップを両手に包んで、上目遣いに女巡察官を見た。  ノアも仕方なしに後輩の耳を解放すると、壁に腰をひっかける。 「割とね。黙って帰ったのは悪かったのに、わざわざボトルネックを家まで届けてくれて嬉しいとは思ってるけどさ」  ノアは正直に白状した。今だけ、この双子を追い払うために。 「あんた達のお母さんに、ちょっと前に世話になってさ。  でもおかげでその時の古傷が開いたから、いま修繕中なわけ。  あと、内容が聞きたいなら国立数機院に入りなさい。  そしたら、教えてあげる」 「先輩って、割と意地悪っすね」 「そりゃあ、あたしだって女だし? 誰にも言いたくない、あんなことやこんなことの百や二百くらい、あるのよ」 「秘密の数の桁がミステリアス越えて、もう謎女じゃねーかっ」  アルトはカップをテーブルに置いて、静謐(せいひつ)な眼差しを向けてくる。ノアは心に盾を構えた。 「では、グレイスン卿から伺ってもよろしいですか?」 「だめよ」  ノアはきっぱりと釘を刺した。 「あたしのためを思って協力してくれようとしてるのはわかるよ。でもね、いくら友達でも話せないことや、自分で飲み込まなくちゃいけないことって、あるわけ。でしょ?」 「はい。でも……」 「とにかくさ。あの人には枢機院時代から散ざん世話になってんのよ。  この上、お互い軍を出た後もまた世話になってたら、恩返しするにも、  タチの悪いところから借金するより首が回らなくなっちゃうわけ」 「どんだけ問題児だったんだよ。先輩」  さすがの後輩も眉をしかめた。ノアはすかさずその軽口に乗る。 「仕方ないっしょっ。周りがボンクラのくせに親の七光り持参で、サカリつくだけはいっちょ前なサル次男やブタ三男ばっかなんだから」 「あー、はいはい。そういう〝正当防衛〟ね。もう察したっす」 「うむ。飲み込みが早くて大変よろしい」  偉そうに胸をそびやかしてうなずく。だが、伏し目がちにコーヒーをすするアルトに承服した様子がないのが、困る。  ある意味、豪放磊落バカな弟よりも、おとなしい深謀遠慮の姉の方が、相手に回すと面倒なのだ。  遅ればせながら、ここは王都内城の西・アカシア地区。  王都の内城でも、いわゆる下町と呼ばれる旧市街である。  職場があるパインズ地区から駅馬車で二駅。  安アパートメントの四階で、ノアは独り暮らしをしている。  ディンブラ家の実家は、北東部の中上流家庭が集まる新興住宅街にある。ワイバーン襲撃で両親と兄と愛犬クロフツも無事だったが、二五年ローンを組んで購入した築十年のマイホームが家族唯一の犠牲になった。  部屋は1DK。掃除は定期的にしているから清潔感は保てているはず。  部屋を飾るような花や装飾品は、趣味じゃない。  玄関脇の傘立てに、傘二本。それから握りこまれた木刀を三本放りこんでいたのをめざとい後輩に見咎められ、「防犯用」「防犯用予備」「二刀流用」で押し通した。  細かいところでは、一見きれいに積み重ねられている古雑誌でも、バックナンバーが三年前だったり。  壁に掛けたきりのワンピースの流行が過ぎて若干色褪せていたりするのを、アルトに見られた気がする。  あたしはいつも、ワキが甘い……。  さっきの会話態度をふまえて、どこまで〝過去〟に踏み込まれたか推し測ろうとする自分に、気が滅入る。  この子達のことは嫌いじゃない。むしろ逆だ。  だからこそ、踏み込んできて欲しくない。  自分の醜いところを見られたくなかった。 「ねえ、アルトさ。お嬢様から見て、あたしの部屋になんか感想とかある?」  試しに、かまを掛けてみる。 「えっと……グレイスン卿のお部屋みたいです」 「ふふっ。悪かったわね。殺風景で」 「でもさ、姉貴。じいの部屋って、料理レシピ本が多いぜ?」 「……それ、言わないようにしてたのに」  こいつら、本当に何しに来たんだよ。
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