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「あのぉ。今日はどなたがご卒業なんですかぁ?」
花束を持って途方に暮れるジュークは、背後から声をかけられた。
振り返ると、学院の制服を着た女子がこちらを見上げていた。
三人も。
一人であればそれとなく応じる自信はあったのに、三方から間合いに入られると圧がある。
「えっと……姉貴、だけど」
「へえ。お姉さんですかぁ。……弟クンだって」
女子学生らは目配せし合って好奇のままに迫ってくる。
その歩調に合わせてジュークも後ずさる。
すると、その中の一人が顔をちょっと横へ回して、
「その制服って巡察使の方ですよね。お若いのに〝軍曹〟さんなんですねぇ」
ジュークはとっさに襟の徽章を手で隠した。
自分でも入官してすぐの急昇進が照れくさい。
「あのぉ、巡察官さんのお姉様は、どちらの方ですか?」
「えっ。えっと、それは……」
そばに助け船はない。父兄席の父のところへ移動を始めた母セレナを見送ると、それからすぐ後にノアまで帰ってしまった。
「アルトに、ゴメンって言っといて」と。
一人とり残されてどう応じたものか困るジュークをよそに、女子学生らの話が進んでいく。
「でもさ。ここまでポイント高かったら、噂になってなくなぁい?」
「わかるぅ~。あのぉ、不躾なんですけど。
卒業されるご家族の方のお名前なんかうかがったりなんかしちゃったりしても~?」
無言の眼力に、ジュークの額にうっすらと汗がにじんだ。
「それは……アルト・レイヴンハートだけど」
とたん、少女達の好奇心が彼女たちの背後で爆発した。ピンク色に。
「キャ~ッ! アルト姉様の弟さんっ!? やっだぁ、知らなかったあ! 超イケてるぅ!」
「お姉様、最後の最後まで隠し玉持っていらっしゃるなんて、最高スギ~!」
「お、お姉様ぁ?」
姉貴の弟妹は、おれだけだぞ。
ジュークは反論すべきかどうか迷った。
さらに、そこへ――、
「おーい。ジュークっ!」
やってくるのは、国立枢機院制式の礼装を身につけた青年だった。
濡れているかと見紛うほど艶やかな黒髪と、凜々しくきり上がった目許が涼やかな青年であった。
礼装は、上級将校をしめす濃紺に金の三連飾緒。
肩章は〝少将〟を示している。
腰には、黒鞘の片刃剣を佩いていた。
青年を一目見るや、ジュークはほっと胸をなで下ろした。
「おーいっ、エイ兄っ!」
ジュークが花束をあげると、上級将校も颯爽たる笑顔で歩を早めてやってくる。
「うそ。エイシス・タチバナ先輩だ」
逆に、女子生徒らは閃光を浴びた猫のように眼をまん丸にして、その場で硬直してしまった。
ここ、クローディア法術学院の卒業生でその俊英を認められ、二〇代の若さで国立枢機院王国軍のエリート部隊・竜騎兵団の長を務めていた。
「ふぅ。なんとか間に合ったみたいだな。ほかは?」
「おふくろは、父兄席で親父と合流してる。
さっきまで先輩もいたんだけど、急に帰るってさ」
「先輩? ディンブラ、セレナ副総監とここで会ったのか?」
「そうだけど。なんだよ」
「いや……それなら、いいんだ」
エイシスは、わずかに眼を伏せて表情を曇らせたが、すぐに笑顔を戻した。
「なあ、ジューク。腹減らないか?」
「はあ? 来て早々、なに言ってんだよ。
まだ午前だぞ。エイ兄、朝飯食ってきてねーのかよ」
二人を眺める女子生徒らは恍惚と口をぱくぱくさせていた。
(ヤッバい。この人、あのエイシス先輩と兄弟レベルで呼び合ってる……っ)
エイシスは女子生徒の昂揚など視界に入れず、ジュークの首に腕を巻き付けて微笑む。
「この格好見りゃあわかるだろう。こっちは当直明けに報告書ごと丸投げして、グロワール市の兵舎から来たんだぞぉ。
久しぶりに母校の学食でカツカレーでも食うか。お前も食うよな?」
「朝から重いわっ。ついでに、あんたも重いって。
こっちにしだれかかってくんなっ」
「心配すんな。シャワーはさっき実家で浴びてきてるからさ」
「はあ? おれになんの心配をさせたいんだよ、あんたはっ」
「グロワールから馬で五時間も飛ばして眠いんだよぉ。
運んでくれ。学生食堂は、あの校舎館の一階だったはずだ」
会話のキャッチボールが危うい年上の親友に、ジュークは思わず疲れた声を洩らした。
「ったく、何しに来たんだか……。姉貴のポイント稼ぎなら、せめてこれくらいの花束を用意してこいよな」
勝ち誇るジュークに、エイシスは眠そうな眼でむっと頬を膨らませ、少し考える。
「うーん……よし。式が終わるまでに温室に行ってくるかあ。
トリニティ助教に頼めば、トリカブトくらいなら分けてもらえるだろう」
「花粉にも毒あるわ! まあ、姉貴なら知ってて受け取るだろうけど」
「ふぅん。お前はアルトちゃんの前で、俺をそういうデリカシーのない
ズボラ男に仕立て上げたいんだな。このお姉ちゃん子めっ!」
「言い出したのは、エイ兄だろうが。ほら、ちゃんと自分の足で歩けよっ」
弟分の頬に、ぐいぐいとエイシスが拳を押しつけ、二人は楽しそうに歩いて行く。
(……尊い)
女子生徒三人は、ぐっと両拳を握りしめて二人の背中を陶然と見送った。
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