朝日が2人を包むとき

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朝日が2人を包むとき

白々と夜が明けようとしていた。 気持ちの良い風が橋の上の2人を駆け抜けた。 「もうすぐ朝だね。」 妻は落ち着いた声で言った。 「私、太陽を見るの初めて、、。」 そう呟くとクスっと妻は笑った。 「当たり前か。見たら死ぬんだから。」 妻は吸血鬼だ。 彼女と暮らして20年が経った。 彼女が吸血鬼と知ったのは、付き合って間もない頃だったがそんな事はどうでも良かった。 どこかで生き血を吸っているのか、それとも仲間内で血の供給でもあるのか、分からない事だらけだったが、僕は尋ねなかったし、彼女も何も言わなかった。 そして僕を襲う事もなく、いつも彼女は楽しそうに笑っていた。 吸血鬼は不老不死。 20年経っても彼女は相変わらず可愛らしい容姿だったが、僕の顔にはシワが増え、白髪も目立つようになった。 そんな僕を見つめて彼女はいつも言っていた。 「よぼよぼのおじいちゃんになってもあなたが大好きよ。」 先月、僕は末期がんだと宣告された。 「あなたも吸血鬼になれば死なないわ。」 渋る僕を何度も説得して彼女は初めて僕の喉元を噛んだ。 丸1日気を失っていた僕が目覚めた時、彼女は僕の目の前に飲んで、とガラスの瓶を差し出した。 真っ赤な鮮血がなみなみと入った器を見つめ僕は思った。 「新しい、真っ赤な血。僕の為に誰かが死んだのだ。」 お腹がすく感覚は全くなかった。 むしろご馳走であるはずの「血」は得体のしれない気持ち悪い汚水のようだった。 「血を飲まなくても死なないけど、とてつもない疲労感は拭えない。歩く体力もなくなるわ。それじゃあ死んでるのと同じよ?」 彼女は泣いて血を飲むように懇願したが、僕はどうしても血を飲む行為を受け付けなかった。 「私達、太陽を見に行かない?」 昨晩、彼女は僕に言った。 「こんなにあなたが苦しむと思わなかったの。ごめんね。」 この20年間夜中によく散歩していた近所の橋に着く頃、周囲は明るくなってきた。 「僕のつまらない偽善のせいで君まで死なす事は出来ないよ。」 「また?さっきから何度繰り返してるの?あなたが苦しむ姿はもう見たくないし、あなたと天国に行けるなら最高よ。」 「吸血鬼って天国に行けるの?」 僕の質問に彼女は笑っただけで答えはなかった。 いよいよ朝日が2人を包むその時、僕は彼女の腰を引き寄せ、力強く抱きしめた。 「私の服のポケットに手紙が入っているの。」 声にならない位小さな声で女は男に言った。 ー吸血鬼は不死身です。 でもね、例外があるの。 太陽を浴びると灰になり死ぬ。 銀の銃弾、杭で心臓を貫かれると灰になり死ぬ。 そしてこの2つにも例外はある。 これは純潔種の吸血鬼に限る。 純潔種、、私のような生まれつきの吸血鬼の事よ。 あなたは人間から吸血鬼になったからそれに当てはまらない。 太陽を浴びても、銀で貫かれても死なないの。 ここからが大事な話。 私の身体が灰になった後、私の心臓を飲んで。 吸血鬼の心臓は真珠のようなオパール色の丸いものだからすぐわかるはずよ。 吸血鬼になった人間が純潔種の心臓を飲むと人間に戻れるわ。 病気も何もない健康な身体で。 黙っていてごめんね。 話しても絶対飲んでくれないと思ったの。 でも、あなたがこの手紙を読んでいる時は、私はもういないから。 お願いだから私の思いを無下にしないでほしいの。 そしてよぼよぼのおじいちゃんになるまで元気でいてね。 お願い。 あなたの幸せが私の願いなの。 「大好きよ。今までありがとう。」 彼女が囁く。 「僕も愛しているよ。」 サラサラという軽い音を聞きながら、妻も僕も灰になっていってるんだ、と思いながら抱きしめる腕に力を込めた。 、、手紙、、その時僕は微かにそんな単語が聞こえたような気がした。
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