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──どこか遠くへ行きたい。
定期券で改札を抜けて駅のホームへ下る階段の手前、僕はそんな思考に絡め取られた。
突然立ち止まった僕の肩に誰かがぶつかって、謝罪の代わりに舌打ちが飛んで来る。 思わずバランスを崩した僕は、階段から転げ落ちそうになって慌てて手すりを掴んだ。 その様子が別の誰かの目に留まったのか、今度は嘲笑が聞こえて来る。
僕は右肩に担いでいた学生鞄の紐をぎゅっと握りしめ、誰の顔も見ないようにして階段を駆け下りた。
朝日が差し込むホームには、同じ制服に身を包んだ群がりがいくつもあった。 僕は駆け下りた勢いを崩さず、彼らから離れるように歩みを進める。
十人十色の会話が遠くに聞こえる位置にあるベンチに腰掛け、小さく溜息を吐いた。
ただ怯えながら呼吸を繰り返す一日が、始まる。
ホームに電車到着のアナウンスが流れた。 僕にとってそれは、これから地獄へ誘う前奏に等しい。 緊張の紐で縛られた心臓が、激しく鼓動し始める。
程なくして、地獄へ僕を運ぶ箱がホームに到着した。 プシュッと気の抜ける音がして扉が開き、乗客の入れ替えが行われる。 途端に騒がしくなるホームで、ベンチを立ち上がった僕は葛藤していた。
このまま行くべきなんだろうか……。
答えを出す時間は限られている。 この騒がしさが落ち着けば、電車は否応無しに発車してしまう。 だけど葛藤を重ねれば重ねるほど、アリ地獄のように答えが見出せなくなった。
入れ替えが終わりに近付き、車掌が間も無くの発車を促した。 僕のことを怪訝そうに見つめる幾多の瞳が、車窓を通して矢のように突き刺さった。
「お客さん、どうされますか」
車窓の若い男性が、僕に声をかけた。 どうやら葛藤をし過ぎたらしい。 ホームの屋根にぶら下がるデジタル時計を見れば、普段なら既に発車している時間だった。
「どうされますか?」
再び訊かれ、僕は乾き切った口腔内に外の空気を取り込んだ。
「僕は──」
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