一、

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一、

 一度だけ、母にひっぱたかれたことがある。欲しくて仕方なかったゲーム機を貰った、小四のクリスマスの晩だ。人を騙した金で買ったようなのはいらん、と突き返した時、初めて食らった。頬も痺れて痛かったが、それよりひっぱたかれたことがショックで眠れなかった。  中学へ上がってから、俺にそう吹き込んだ担任の方がろくでなしで、母にしつこく言い寄って振られていたことを知った。ただ知ったところで母にも、叔父本人にも謝ることができなかった。事実がそうだったとしても、俺の中にはもう叔父に対する侮蔑の念と、その金で養われている恥のような感情が根付いてしまっていたからだ。  腫れた頬をさすりつつ「違う大人になる」と決めたあの晩から、もうすぐ十年経つ。叔父の職業を会社員とぼかし将来の夢を公務員と定めたまま、俺は二十歳になった。
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