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『話したいことがある』
そうメッセージで言われて廣太郎から指定されたのは、麻里がいつだかここ素敵だね、いつか行きたいねとポツリとこぼしていたカフェ。
…ほんと、細かいこと覚えてるんだから。
でも廣ちゃん分かってない。いつか行きたかった素敵なカフェを、二度と来れない悲しい思い出の地にする残酷さ。
自分が何気なくつぶやいたこと覚えてるような、
マメで優しい彼氏だったってこともセットで思い出すんだよ。
全部無自覚なの、分かってるけど。
なんてぼんやり思いながら、久しぶりに外で待ち合わせをした。
待ち合わせ場所に向かうと、遠目ですでに廣太郎が先に着いているのが見えた。
相変わらず廣太郎は背の高さと整った顔のせいで人混みから浮いている。
どんなに混んでいようと、いつどこでもすぐ見つけられたのは好きな人だからという理由だけではない。
道ゆく人の多くが廣太郎に一瞬目を奪われるから、人の視線を見ればすぐにわかる。
「…ごめん、おまたせ」
「ううん、全然。」
「…じゃ、行こうか」
デートするときは必ずと言っていいほど繋いでいた手を、繋がなくなったのはいつ頃からだっけ。
大好きだった、大きくてゴツゴツした手をぼんやりと眺めながら、麻里は廣太郎の後ろを歩いた。
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席について互いの注文が届いて少しした頃、廣太郎がその言葉を口にした。
「…ごめん、麻里」
「別れてほしい」
そう真っ直ぐ告げられた。
カラン、と音を立てて氷が一つ沈んでいく。
口をつけていないミルクティーがみるみる汗をかいていた。
「………うん」
……ああ、終わっちゃった。
廣ちゃんに振らせるくらいの、嫌な女になれたんだ。
…望んだ通りになったはずなのに、何でこんなに心が晴れないんだろう。
「でも、聞いて」
その声に弾かれるように、麻里は顔を上げた。
「俺は麻里のことを嫌いになったことはない。
もちろん、今も。」
「嫌いになったから別れてほしいんじゃない。ただ…」
「…なんで?」
「なんで、嫌いにならないの?
私、最低だったじゃん。素敵な彼女になるどころか浮気までして。おまけに今の廣ちゃんの好きな人にすごい嫌なこと言ったんだよ?なのに、なんで…」
「麻里は最低じゃない」
「ただ付き合うことが初めてで、分からなかっただけだ。それだけだよ」
そんなことない、といつものように言いたくなるのをグッと堪える。
だめだ。
別れ際までこんな醜い私でいたくない。
それより、言わなければならないことがある。
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