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「…私今日からもう、実家戻るから。それで、廣ちゃんが仕事行ってる時に荷物全部取りに行って、鍵はポストに入れておくね。家具類は元々廣ちゃんのものだし、すぐ片付けられると思う」
「うん、わかった」
最後は妙に事務的な話をして、カフェを後にした。
外に出ると日差しが強くて、思わず目が眩む。
もう季節はとっくに秋なのにまだ夏の残り香がしぶとく残っている。
「…こんなに、穏やかに別れられると思わなかったな」
思わず本音が漏れた廣太郎に、麻里はまた笑った。
「本当に。まさかこんな穏やかな気持ちになれるなんて思わなかった。またこのカフェもそのうち来れそう」
「え、なんで来れなくなりそうなの」
「だって…」
言いかけて、麻里は少し意地の悪い顔をした。
「…なんでだろうね?」
「じゃあ私、こっちから帰るから。買い物したいんだ」
そう言って駅と反対方面を指差す麻里。
そこまで送るよ、と言いかけて先ほどの麻里の言葉が蘇った。
『もう私は廣ちゃんの彼女じゃないんだから。廣ちゃんが今まで告白させなかった女の子とおんなじように扱わなきゃだめだよ?』
「わかっ…た」
その廣太郎の返答に麻里は満足そうな顔をした。
「…じゃあ、気を、つけて」
「うん。廣ちゃんも」
「………」
互いになんとなく歩き出せずにいると、麻里がすっと廣太郎に近づいて、真っ直ぐ廣太郎を見据えた。
「…今までありがとう。廣太郎さん」
そう言って麻里はにっこりと笑い、踵を返して振り返ることなく歩き始めた。
不意に付き合う前の呼び名で呼ばれて、三年前出会った頃の麻里が重なった。
そして今、穏やかにこの恋が終わったのだとはっきり自覚した。
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