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第17話 もっとサービスしてみない?
龍空の熱を肌が感知する。
唇が触れるまであとわずか1cm。
受け入れるように自然に唇が開いて相手を待つ――と、絵コンテではここでストップがかかる。
だから本当にぎりぎりのところでキスはしないまま終わるはずだった。
唇が触れあうまで1cmのところで龍空はゆるりと口の両端を上げてみせた。
なにかを目論む目が目の前できらきらと光っている。
含みのある笑みに嫌な予感しかしなくて顔が歪みそうになったそのときだ。
龍空の左手がすばやく私の背中に回り込んで、私のゆがみ様になった顔が彼の左の首側に埋もれた。
え?
え?
ええっ!?
――ちょっとなに!?
予想もしていなかった相手の攻撃に脳天を叩き割られたみたいに真っ白になった。
けれど、じたばたもがくことはできない。
龍空が私を力強く抱きしめたまま首と肩の付け根の部分に自分の唇を押しつけて、そこをぐぅっと力強く舐めつづけたからだ。
生温かな舌が首の窪みを時に強く、時に弱く踊る。
その不規則なリズムと、体験したことのない感触にぞわぞわとしたものが首を伝達経路にして脳へと伝わっていく。
「あ……ふ……ゎ」
龍空の舌の動きに背中が仰け反った。
体中に恐ろしいほど力が入る。
舌から逃れようと顔を右側に背けると、スタッフの姿が目に映った。
彼らは唖然としたままこちらを見つめ続けている。
――なんでとめないのよ、あんたたち!
心の中で叫んだけれど一向に『カット』の声はかからない。
フッと勢いを弱められたときに私の体の力も一瞬抜けるのだが、すぐにまた激しく首を責められる。
浮いた腰がベッドへと戻るのもつかの間、また仰け反ってしまう。
その反動で龍空の体を押しのけたいのに、腰を抱え込まれて寝技よろしく締めつけられた状態では抵抗しようがなかった。
龍空はわかっているんだ。
わかっていて攻撃の手をとめてないんだ。
執拗なまでに舌をぐねぐねと動かして首と肩の付け根にある窪みを舐めてくれる。
厚みのある温かな舌の腹が窪みを撫で回すたびに、ビリビリとした感覚が足のつま先から脳天まで駆け抜けていく。
――いい根性してるじゃないの、バカホスト!
目前の監督をはじめとしたスタッフたちは息を飲んでこの状況を見守り続けている。
誰もとめないっていうのね。
ここ、アダルトビデオの現場じゃないでしょうね!?
――終わったらただじゃ済まさないわよ、星野龍空!
力の籠った足を龍空の体に絡めて必死になって声を堪えようとすると、さらに強めに舐められる。
その上、龍空は体を押しつけてきて重みまで加えてくる。
完全に私の体はロックされ、身じろぎ一つできない。
相手の思うままに攻撃を浴び続けるしかなかった。
シーツを挟んで抱き合う龍空の股間と私のデルタ部分がしっかりと当たっている。
これでもかと強く当たる龍空の体で一際アピール強く挙手している男の象徴。
しっかり固く大きくなっていらっしゃる。
このまま本気で最後までやる気じゃないでしょうね!?
こんな大衆の前でこんなことして恥かしくないの!?
一体、どんな魂胆でこんなことするっていうのよ!
「あ……んん……」
開いた唇を何とか閉じて歯を食いしばるのに、どうしても息が抜けていく。
艶やかな龍空の背中に爪を立てて、這い上ってくる恍惚とした感覚に耐えている。
あまりに長く責められ続けてだんだんと頭の中がおかしくなってくる。
いやだと思う心とは裏腹に脳内は歓喜の声で満ち溢れている。
――それ、すごく気持ちいい!
視界が霞みかかり、真っ白になって、自分の中で想定もしない言葉がテロップよろしく次々に流れていく。
いやいやいやいや!
なにこの感覚!
とろけそう!
こんなふうになったことがなかった。
こんなふうに責められたことがなかった。
いつも加点pointの高いデルタ責めしかされなかった。
いや、たぶん今責められているところだってしてもらったことがなかったわけじゃないんだろう。
だけどこんなにたっぷりというか、しつこいくらいの一点責めは経験がない。
どうしようどうしようどうしよう!
やめないでやめないでやめないで!
ああ、おかしいおかしいおかしい!
龍空の一点責めに他のことがどうでもよくなっている。
こんなことくらいで頭の中がどうにかなっちゃっている自分も自分だ。
だけど、こんな経験をしたことがなかったから余計に感じまくってしまっているんだろう。
サテンのシーツがこすれる音と龍空の熱い息が首もとに充満し、その荒い息づかいが聴覚を刺激する。
待て待て待て待て。
冷静に冷静に冷静に冷静に。
冷静になるのよ、アキ!
ああ……!
もう……私……ダメェッ!
これまで以上に体に力が入った途端、フッ……と攻撃がやんで、龍空が私の体を抱えたまま上半身を起こした。
体が火照る。
ううん。
体だけじゃなく、顔も目も焼けつくように熱い。
「キミのすべてを奪いたい……」
囁きと同時に自然と半開きになった口元にまた、龍空の熱い肌の感触が迫る。
――うん。私も奪われたい……
先ほどよりももっと近く、触れるか触れないかの瀬戸際に彼の顔が迫った。
そのまま唇が重なる――と私も顔を寄せたのに、スッ……と身をかわすように龍空は顔をカメラの方向に背けた。
――え? なに、このフェイント?
唇が空を切る――とは言わないだろうけど、まさにそんな感じだった。
冷水を浴びせられたかのように一気に私は冷静になった。
「は……はいッ、カ――ット!」
中年男性の声が割って入る。
私と向き合った体勢のまま、龍空は監督に「いい画とれましたあ?」とニヤケ面でほざいていた。
「ええ、もちろん! 最高だよ。チェックするけど、一緒に見るかい?」
「チェックだって。アキも一緒に確認しようか?」
腰に手を回したまま。
抱き合って向かい合ったまま。
僅か数十センチのところに顔を向き合わせたまま。
龍空がにっこりとほほ笑んでいる。
その瞬間、プチンッと頭のてっぺん近くで音がした。
グッと右手を強く握り込み、無防備なシックスパックの腹目掛けて腕を突き出した。
ドスッと重たい音がした刹那、龍空は上半身を折って、悶絶の声を上げた。
「星野くん!」
なにがあったのかと監督が声を掛けると、龍空はくずおれた姿勢からゆっくり小さく顔を上げて「なんでもないです」と苦い笑みを浮かべて答えた。
「あの……少し休憩してからでもいいですかね?」
「ああ、構わないよ。控室、使ってくれていいから」
「ありが……とうございます……じゃあ、10分ぐらい休憩……ということで」
スタッフから差し出されたガウンを受け取ると、ベッドの上でまだうずくまる龍空を残してさっさとベッドから降りる。
監督の横には高嶺がいた。
彼はメガネを直しながらすかさず私から目をそらした。
――労いの言葉もなし、か。
わかってはいたけれど、がんばった部下に「お疲れ様」の一言もない。
小さくため息をつきつつ高嶺の横を通り過ぎて休憩室へと歩を進めると、出口付近の壁にもたれ掛った倫子がおかしそうに腹を抱えて笑っているのに出くわした。
「なんですか?」
「あんたの一発、重たい音したわねえ。あの至近距離じゃ、いくらリクでも苦しむわ」
「自業自得です」
「まあ、そうね。あんたにちゃんと説明もなしでやったんでしょうから。でも勘違いしちゃダメよ。あれはアイツなりのプロ根性? ちゃんとあんたをキレイにみせるための演出だったんだから」
「キレイに見せる?」
「みせるって言っても見るほうじゃなく魅力的のほうの魅せるね」
「あれが? なんで?」
「それは撮れたものを見るのが一番よね」
「はあ? そうですか?」
撮れたものを見るのが一番?
魅力的に見せるための演出?
あれが?
「とりあえず、水飲んできます……なんか……すごく疲れたんで」
「そうね」
すごく疲れた。
首責めされただけだったけれど、ものすごい倦怠感が襲っている。
さらに言うなら体がぽかぽかとやたら熱くて仕方ない。
少し休みたい。
渇いた喉を潤したい。
そう思って休憩室へ向かおうとすると、腕をがっしり掴まれて引っ張られた。
「休憩中だからって自慰行為しちゃダメよ」
と意地の悪い笑みで耳打ちされる。
「倫子さん!」
「あはは、冗談よ。冗談。でも私だったらあんなことされたら欲求不満になっちゃうものお。あんた、ものすごく気持ちよさそうな顔してたからねえ」
「きゅ……休憩してきます!」
「はいはい」
ひらひらひらひらと手を振りながら、おかしそうに声を殺して笑う倫子から逃げるようにして裏の休憩室に向かう。
そこに置いてある冷えた水のペットボトルの蓋を取ると、一気に喉へと押し込んだ。
すぅっと冷水が喉を伝わって胃へと入って行く。
その感覚が火照った体を徐々に冷ましていくようだった。
「まったくなに言ってるんだか。自慰行為なんてするわけ……」
ない。
けれど……そうは言っても思い出してしまう先ほどの舌の感覚。
思い出したらまた脳がとろけ出しそうになる。
恍惚感……というやつだ。
うっとりする感覚だった。
もっと。
できればずっとされていてもいいと思った。
それくらいには気持ち良かったから――
ふと視線が胸の下へと落ちていく。
左手のすぐそばに三角の丘陵がある。
そこへ自然に手が伸びた。
ゆっくりと静かに下着に指を忍ばせる。
触れた途端、思わず目が見開いた。
ぬるりとした感触が指先にまとわりつく。
ウソウソウソウソ!
めちゃくちゃ濡れてるよ!?
なんで?
たったあれだけで?
ちょっとどうしちゃったのよ、私!?
下着の中で溢れている蜜の感触に驚きが隠せない。
控室にある鏡の前でガウンをそっと押しのけて下着を確認する。
大きなシミが丘陵のデルタ部分にできている。
――まさか、そこまで!?
不意に背後で扉が開く音がした。
入ってくる人間を鏡越しに確認したとき、どうして普通に振る舞えなかったんだろう?
どうして石のように固まって動けないでいるんだろう?
「痛かったなあ。鳩尾はないでしょ、アキぃ……」
鏡越しに視線がぶつかる。
相手とにらめっこすること数十秒。
切り出したのは相手のほうだった。
「えっと……なにやってんのかな、愛希ちゃん?」
驚きに満ち溢れた目が鏡越しに私を見ている。
「えっと……」
ガウンの裾を上げて下着の中に手を突っ込んだまま立ち尽くす私の背後で扉の閉まる渇いた音だけが静かに響き渡った。
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