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第18話 仕返しってやつですか?
私のタイムカウンターがぴったりとまった。
ゆっくりと静かに扉が閉められる。
その渇いた音だけが耳元に根強く残る。
額がじんわり汗ばんで、体温が急激に熱くなっていく中で、心臓は大きくポンプ活動してぐいぐいと新しい血を体中に巡らせていた。
扉を閉めた男と言えばすでに私の背後に立っており、固まったまま石像化する私を鏡越しに真顔で見つめ続けている。
私はいまだ下着の中に手をつっこんだまま笑顔ひとつも作れないでいた。
絶体絶命の大ピンチ!
それなのになぜピンチのときほど人は動けないんだろう。
脳は動けと指示を出しているに違いない。
だけどどこかで混線しているのか、はたまた脱線してしまっているのか――指令の届かない体はぴくりとも動かない。
「愛希」
右肩に顔を寄せた龍空がささやくように私の名前を呼んだ。
「な……に?」
わずかに震える声は消えうるほどに小さいものになっている。
――さっきまでの勢いはどうしたのよ、愛希!?
手を引き抜いて、振り向いて、なんでもないっていう顔すればいいってわかっている。
龍空との距離は数cm。
ここで勢いよく振り向けば、龍空をのけ反らせて距離をとれる。
「どうしてほしい?」
鏡越しに視線を合わせた龍空が耳に落とした『どうしてほしい?』という問いかけを聞いた途端に背筋がまっすぐ伸びた。
「えっと……その……」
慣れていない『どうしてほしい?』の言葉に動揺している。
どうしてほしい?
本当にどうしてほしいんだろう?
っていうか、どうしてほしいって聞くなよ!
――言いづらいっつーの!
答えられずにいると、龍空の大きな両手が左右両方の上腕を伝って撫でるように下りてきた。
私の両手はやんわりと彼の腕に捕えられる。
熱くたぎり始めた血液が濁流のごとく全身に押し寄せる。
額の汗はとどまることを知らない。
ガウンの下の肌も、握られた手も、熱くて熱くて噴火しそうな勢いだ。
「大丈夫。信じて。体の力抜いて」
身を任せて――そうささやかれる。
なにが大丈夫で、なにを信じて、どうやって力抜いてって言うのよ!
知ってたらやってるってば!
でも鏡向こうの龍空の顔があまりにも真剣で。
彼の顔を見たら言うことを聞いたほうがいいかもしれない――
――毒されるな、私!
「深呼吸して……」
耳に龍空の熱い息がかかる。
それがさっきの濃厚首筋キスを思い起こさせた。
フィードバックする記憶に心臓がまたまた全力疾走してくれる。
大きく息を吸って吐き出す。
また大きく息を吸って吐き出す。
「そう……いい具合に力抜けてきたよ……」
そっと言いながら、龍空はゆっくりと私の右手を下着から引き抜いた。
あろうことか龍空は引き抜いた手を自分の口元に持っていって、そこに絡みついてテラテラと輝く液体をペロッと舐めとってみせた。
「感じた?」
なぜその質問をしてくる?
その輝く液体がなによりの証拠じゃないか。
「もっと感じたい?」
なぜその質問を上乗せするんだ?
言えって言いたいのか?
もっと感じさせてくれって。
「答え待たないよ、オレ……」
ニコッと小さく笑ったのも一瞬で、見逃すくらいの短い時間だった。
瞬きした直後には私の右手をほどいた龍空の右手がTバックの側面からデルタ地帯の丘陵へと潜り込んでしまっていた。
「だ……ダメ!」
反射的に龍空の手を抑え込む。
しかし龍空は構わず指先だけを動かした。
完全に触れないで、そこに溜まった蜜を掬うみたい小刻みに指先だけを動かされる。
デルタ地帯の細い裂け目から溢れた濃厚な蜜が龍空の指先にまとわりつきながら湿った音を立てた。
「これでも?」
小刻みな動きから今度はゆったりとした速度で大きな円を描いて、裂け目を押し広げられる。
裂け目の奥には近づかないで、ただじっくりと弄るみたいに指遊びを繰り返していく。
じわじわと波を引き寄せたいかのように、だ。
「ん……」
声を噛み殺すように奥歯に力を入れて口をつぐむ。
それを見計らったように龍空が先ほど責め立てた喉元に唇を寄せて食らいつく。
「は……ッ!」
龍空の首筋の責め立てに思わず力が抜けた刹那、幅広の指先が裂け目を分け入って甘い核を探し出す。
見つけ出された甘い核は大きく膨らんでいて、蜜によってコーティングされていた。
少し触れられただけで脳天がきゅうんっとなるほど過敏になっている。
深い裂け目にそって指が動く。
濃厚な蜜があとからあとから溢れ出してとまらない。
股のつけ根を広く濡らしはじめている。
やんわりと包み込むように抱きしめられる。
嫌いな男のはずなのに、どうしてこんなに安心できるんだろう?
正面から直視されていないこともあってなのか、真っ向から見られるより羞恥心は軽減されている。
とはいえ、真正面に構えられた鏡はどうしたって直視できない。
顔を背けながら声を押し殺す。
息が熱い。
秘密の花園は大きく開花して受け入れる準備を始めている。
大きくうなるように体中を巡っていた血液が花園へと寄せ集まっていく。
波打つ快感が全身を駆ける。
花園へと続く道は厚みを増して、力強く収縮しはじめていた。
とろける感覚――高く、高く、空の果て。
意識がすぅっと溶けていく。
溶かされていく高揚感。
「あ……あ……」
緩急をつけられていじられる甘い核がきゅんきゅん鼻先で泣いている。
首筋への攻め手もとまらない。
足先から力が抜けていく。
自然に足が開く。
なにかに掴まりたくて龍空の腕にしがみついた。
「はッ……はッ……」
脳が揺さぶられ、息があがる。
恍惚とした甘美な感覚に犯されていく。
果てない空がすぐそこに迫ったときだった。
コンコンッ。
割入ってくる渇いた雑音。
コンコン?
コンコンッ――!
扉をノックする音が響いていたんだ。
「お楽しみのところ悪いけど、チェックするらしいわよ。ちゃんと綺麗にして戻ってきなさいよ」
という倫子の声で現実世界に引き戻される。
冷水どころの話じゃない。
氷水ぶっかけられました。
恥かしくて……どんな顔をしていけばいいのか戸惑いと困惑にガッツリ支配される脳みそから恍惚感は一気に剥がれ落ちていた。
「残念」
そう耳元に残した龍空がスッと身を引いて満面の笑顔を湛えた。
「でもよかったよ」
言いながら私の乱れたガウンの裾元を元に戻す。
なんでよかった?
中途半端で終わったのがよかった?
「このまま続けたら、たぶんオレ自制できなかったから」
いや、十分自制してないじゃない。
「まあ、お楽しみはまた今度と言うことで。っていうかさ、オレたちちゃんとキスもしてないし。いや、そもそも愛希の口からつき合いましょうってちゃんとOK貰ってないし。いやあ。ダメだなあ、オレも。フライングしまくっちゃったなあ。ヒートアップしすぎちゃった。でもそれはさ、愛希がいけないんだよね、あんな鳩尾パンチなんかするからオレ、意地悪したくなっちゃったんだもん」
「は?」
「やられたことは倍返しがオレの信条だから」
白い歯を剥き出しにした笑顔を作って、龍空はしれっと答えた。
そうか、仕返しか。
仕返しってやつですか、この根性悪ホストめ!
「へえ、そう。じゃ、私は三倍だわ」
「え?」
フルスイングする右足が狙ったところは龍空の下肢下段。
地味な音を立て、綺麗に決まった足技に悶絶する男を残して部屋を出る。
やってられるか、バカホスト!
私の体と時間と気持ちを返せ!
アアッ――!
なんかすっごく悔しいんですけど!
でもそれが彼なりの――私への心遣いなのだったのだと察してやれるようになるにはまだ、私は彼を認めていなかった。
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