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第42話 なんで大丈夫なんだろう?
名前と好きなものをさらっと言うだけの自己紹介を済ませると、ナナが男性陣に向かってこんな質問をした。
「みなさん、恋人いらっしゃらないの?」
「ああ、それは私も聞きたかったわ」
とクールな笑みをたたえて、レイナが相槌を打った。
美女二人の妖艶な笑みを見た向かいの男たちがごくりと唾を飲む。
オネエサマたちが絶世の美女(に見える)のは認める。
ゆえに唾を飲むのもわからないではない。
だけどちらちら見え隠れする下心には虫唾が走るんだ。
そんな中で貴斗だけは余裕綽々の笑みを浮かべた。
「恋人なんていたら合コンなんて来ませんよ」
両手をあごの下で組みながらしれっと答える。
――よおく言うわ、この男。
来月結婚する婚約者がいるじゃないか――と喉まで出かかった言葉をサワーで押し返す。
婚約者であって恋人じゃない。
そんな顔で平気でうそをつくんだから、本当に最低だ。
すると貴斗に賛同するみたいに次々と「募集中です!」「閑古鳥です!」「モテませんから!」とお仲間たちが答えた。
「あら、もったいない。みんなすっごくイイ男なのに。周りは見る目がないのかしら? ねえ、アキ?」
「そうですね」
目を背けて抑揚のない声で返事をする。
ああ。
このサワーは一体何杯目になんだろう。
合コン開始から30分くらい経ったと思うけど、どれくらい飲んでいるかもよくわからない。
背中の開いたドレスのおかげで熱が適度に逃げているからいいものの、普段着ているスウェットだったら完全に脱いでいた。
体が熱くなっているくらいには飲んでいる、がっつりと。
「じゃあ、恋人になったらどんな特典あるか教えてくれない?」
「ええ~! いいですけど。答えたらオレらに特典ほくれます?」
「そうねえ。じゃあ、キスのプレゼントはどう?」
「乗った!」
男たちの目の色が変わる。
俄然、やる気になっている。
貴斗が私を見る。
オネエサマたちも揃って私に目を向けた。
オネエサマたちの目が『やるのよ』と告げている。
――うわあ、最低だ。
そっと目をそらして酒を追加した。
「アキさん、本当にお強い」
「アキってばザルなのよ。みんなも負けずにもっと飲まなくちゃ! 飲み放題なんだし」
「そうですね!」
「あっ、すみません。ハイボール3杯持ってきてもらっていい?」
「私はワインをボトルで」
「ウォッカ濃くしてください」
オネエサマたちが口々に酒の注文を始めたものだから、男たちも慌てて追加注文をした。
私はジョッキを見る。
酒の味なんかぜんぜんわからないまま飲み続けている。
巨峰サワーのはずなのに、巨峰の味どこいった状態。
だけど飲まずにはいられない。
――もうっ、早く終わらせて帰りたい!
「えっと。さっきの質問。トップバッターは……はいっ、栗田君!」
「あっ、はい! ぼくとつき合ったらですね。いろいろな動物園へ連れて行きます! ぼく、動物園大好きなんで! 動物の解説もしまくります!」
「それ、すごく興味ありますう」
ユウが「はいっ!」と挙手をした。
エンジェルスマイルを浮かべて立ち上がると、答えた一番若い男の頬に軽くキスをする。
キスをされた男はうぶなのか。
それとも場慣れしていないのか。
一気に顔を赤らめて下を向いた。
「次はオレ、香川です! オレはスポーツ観戦に連れて行きます! スポーツならなんでも好きなんで! 好きなスポーツ言ってくれれば、チケット抑えます!」
「あっ、それ。すっごく好みなデート!」
今度はレイナが立ちあがって、向かいに座るスポーツ大好き男のおでこにチュッと音がするキスをした。
体育会系らしくガッツポーズをして、彼はニシシっと笑った。
「3番手はどっち?」
「あっ、ぼくです。鈴木健一の場合はですね。美味しいところ連れて行きます。和洋中。なんでも言ってください! ちなみにグルメブログやってます!」
「お酒もいいの?」
「もちろんです!」
ナナが「それなら私ね」と立ちあがって、グルメブログをやっている男の耳の付け根にキスをした。
意表を突かれたブログ男子が「はうっ」なんて気色の悪い声をあげている。
ちょっとちょっとちょっと。
だんだんハードルが上がってるじゃない!
これで貴斗の口にキスしろってなったら……
いやいやいや、考えたくもない!
「それじゃあ、トリは甲山さんね」
指名された貴斗がまた私を見る。
明らかに意識してるじゃない!
こっち見るな、バカ!
「オレとつき合う特典は……身も心も気持ちよくさせてあげるってことかなあ」
「やだっ! なにそれ! すっごくエロい!」
「いや、ほら、身も心もなんで!」
「女心わかってる男にしか言えない台詞!」
「そんなつもりじゃなかったんですけど……」
貴斗が頭を掻きながら、また私を見る。
なんなのよ。
なにが言いたいのよ。
うなずけっての?
「アキさん、どうだったんですか!?」
「貴斗さんと付き合ってましたしね、アキさん!」
「すっごく聞きたいです!」
全員が私の答えを待つ。
「それは……」
気持ちよかったら別れてないし。
セックス嫌いになってないし。
トラウマ引きずってないし。
「やめてくれよ。ほら、そういうのは大事な思い出なんだし。ねえ、愛希?」
私の答えを遮るように貴斗が口を挟んだ。
「YES」も「NO」も言わせないつもりなんだ。
しかもまたこれで「二人ってばやっぱり親密~」みたいに周りにアピールしているんだからやりきれない。
――ああっ! ムリ! こんなのムリッ!
「あのねえ!」
ジョッキを置いて立ちあがろうとした私の邪魔をするみたいに「席替えしましょうよ」と貴斗が提案した。
「アキも立っていることだし。ちょうどいいでしょう?」
また全員が私を見た。
立ってるけど。
立っちゃってるけど。
席替えしたいわけじゃないのに!
「そうね。ちょうどいいですねえ」
「席替えしましょうか。交互に座ったほうがよさそうだもの」
「じゃあ、アキは甲山さんの隣に入って。あ、鈴木君は私の隣にどうぞ」
オネエサマたちが立つ。
ユウがそっと私の隣に立つと「まだ早いですよ」と小声で告げた。
「え?」
「お楽しみはこれからなんで」
エンジェルもといデビルになったユウが含んだ笑みを浮かべてみせた。
「ああ……そう……ね」
彼女に促されるように私は貴斗の隣に座った。
座ると同時にまたしても会場が真っ暗になった。
それを狙っていたかのように、右手を握られる。
しかも恋人つなぎだ。
相手は確認しなくてもわかる。
貴斗だ。
貴斗がここぞとばかりに手を握ってきたんだ。
――こんの男ぉ!
振りほどこうとしたけれど、貴斗はさらに握る手に力をこめてきた。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
龍空と違って、すっごく気持ち悪い!
そこでハッと気づく。
そうだ。
龍空と手を繋いでも気持ち悪くない。
むしろ心地いい。
――な……んで?
なんで私、龍空は大丈夫なんだろう?
――龍空!
真っ暗な部屋の中央にスポットライトが当たる。
龍空がまたマイクを持って立っていた。
「ではここで、僭越ながらワタクシ星野龍空がつらい恋を経験した皆さんの質問やお悩みに答えていきたいと思います。題して、『私、間違ってたの? 教えて、リクさん』タ~イム!」
高らかにマイクパフォーマンスを始めた龍空を私はじっと見つめた。
彼が私を見てウィンクする。
『ここからだよ』
とさも言いたげな彼を、私はただ見つめ返すことしかできなかった。
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