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第43話 女をなめんな、クズ野郎!
黒子のように暗闇に紛れて、充希が小さなボックスをマイクを持って立っている龍空へと差し出した。
その中に手をつっこむと、龍空は1枚の小さな紙を取り出して静かに開いた。
「ええっと。実は私はセックスが嫌いなんですが、男の人はセックスが嫌いな女のことをどう思いますか? うわっ! なんか1枚目からすごいの来ましたねえ!」
質問内容にどっと場内がざわめいた。
酒が入っているからいいんだろうけど。
それにしたってどこかで聞いたことがあるような内容じゃないか。
っていうか、それ、私の質問じゃないの?
いや、質問なんてそもそも書いた覚えないぞ!
龍空は質問の紙と睨めっこしたまま、うーんと首を傾げた。
「えっと。オレは別に嫌いでもいいと思うんだよね。だって、ほら。これは質問者の女の子というか、女性が悪いってことじゃないんで。嫌いにさせちゃった過去の男たちが悪いってわけで。いや、気持ちいいって思わせてあげられないのが悪いから過去も今もって感じかなあ。あ、個人的な意見です。なんで、他にも聞いてみましょうかね。えっと、コウヤマさ~ん。この質問、男の代表ってことで、どう思います?」
龍空が近づいてきて、貴斗にマイクを突き出した。
スポットライトが龍空から貴斗に切り替わる。
貴斗はスーツの前をきっちりと揃え直しながら立ち上がると「ぼくもそう思います」と答えた。
「男は相手の女性を気持ちよくさせてなんぼですから」
「おっ! これは名言出ましたよ!」
龍空が調子を合わせる。
貴斗は鼻高々だ。
――圧し折りたい。あの鼻、ボッキボキにしてやりたい!
ググググッ……とジョッキの取っ手を握る手に力がこもる。
すると龍空は壇上には戻らずにその場で箱の中にまた手を入れて、新しい質問を開いた。
「私には付き合って3年になる彼氏がいます。彼は私に内緒で合コンに出まくっては関係を持っているようです。私は耐えたほうがいいんでしょうか? それとも別れたほうがいいんでしょうか? なんか、すごくヘビーなのが続きますねえ。えっと、オレ的には今すぐ別れるべきとお答えします。だって最低ですから。彼女が知らないと思ってやりたい放題なんてひどすぎるよ、本当に。ですよねえ、コウヤマさん?」
龍空に同意を求められた貴斗はうんうんと大きくうなずいて「本当に最低ですね」と答えた。
ジョッキを握る手に力がこもりすぎて、腕が震えた。
テーブルがわずかに揺れる。
「えっと次は……私はつき合っている彼氏にHがヘタクソだと言われました。もっと勉強しろとか、マグロのまんまでいるなとか。男の人はどうやったら喜んでくれますか? これはもう、なんて答えていいのか。こんなこと言う男いるんですねえ。なんか、この質問してくれた彼女のことを思うとオレ、心痛い。一緒に泣いてあげたい」
龍空が目元を抑える。
そんな彼の姿に会場中の女性たちが「リク、泣かないで!」とか「リクは優しいよ」とか声を飛ばす。
なんだ、この茶番劇は。
バカホストのオーバーリアクションに怒りがほんのちょっと収まった。
鼻で大きく息を吸いこんで吐き出すと、同じタイミングで龍空が顔をあげた。
「コウヤマさん、この質問どうですか? どう思います? ひどいですよね?」
「女性を傷つけるようなことを平気で言うヤツがいるかと思うと同じ男としてゾッとしますね。もうクズですよ、ソイツ。男の風上にも置けない」
どんどん口が上手くなっている。
全部この男に突き返してやりたい。
まぢで。
「だ、そうだよ。アキ。クズだって自分で認めたよ」
それまで丁寧な物言いだった龍空が突如豹変した。
ニヤッと笑って私を見る。
「は!? なに言ってるんだよ!? どういうことだよ!」
貴斗が私と龍空を交互に見た。
龍空は「アッハッハッハ」と大きく笑うと「アキ、どうぞ」と私にマイクを手渡した。
それからパチンッと龍空は指を鳴らした。
彼の合図と同時に壇上の奥に張られた白いカーテンに画像が映し出された。
「これは1週間前の甲山貴斗氏です。時刻は午後10時。合コン帰りに女性とホテルへ入る前のところを撮ったものです」
「違う! これは彼女が酔っぱらって。解放するために近くにあったホテルに入るところで」
「じゃあ、これはどうかな?」
龍空がまたしても指パッチンをすると画像が切り替わった。
今度は女性の腰を抱いて、アパートの一室へ入っていくところだ。
「これはその翌日かなあ。時刻は8時半すぎ。とっても親密そうですけど、この方は恋人ですか?」
「違う! 彼女は同じ会社の後輩で……その、相談があるって言うから」
「じゃあ、これは?」
画像が変わって別の女性と路上キスをしているものが映し出される。
貴斗が明らかに動揺し始めた。
「これは一昨日の午後11頃かな。どっからどう見てもキスしてるっぽく見えるんですけど。ああ、そうか。唇が渇いているから潤してあげてるんですかねえ」
「なんなんだ、これは! オレじゃないし!」
「じゃあ、これはどう言い逃れします?」
映し出された画像に目を見はった。
私が映っている。
私の隣には貴斗が映っている。
その手は私の背中を撫でているのがバッチリ映っていた。
「これ、どこからどう見ても、ここにいるアキとあなたでしょ? ちなみにこれはどう言い逃れしましょうか?」
そうやって龍空が言ったときだ。
ラウンジのスピーカーから聞いたことがあるセリフが流れてきた。
『上に部屋を取ってあるからさ。ここは適当に終わらせて、久しぶりに二人でゆっくり楽しもうぜ』
――これ、さっき言われた台詞!?
ハッとなってドレスに触れる。
マイクがどこに仕込まれたのかはわからない。
貴斗が私をきつく睨んで怒鳴り始めた。
「なんなんだよっ、これは! 愛希、おまえ、オレのことをハメやがったのか! オレにフラれたのを未だに根にもってやがるのか! なんだよ! ちょっとCMに出て、謎の美女とか言われて調子乗りやがって! おまえ、最低だな!」
「ああっ、もう! うるっさい!」
テーブルの上に乗ったお皿やグラスが揺れるくらい思いっきりテーブルを叩いて立ちあがると、狼狽えてわめきちらした貴斗の胸ぐらを両手で掴みあげた。
「さっきから黙って聞いてればピーピー、ピーピー好き放題言いやがって。調子に乗ってるだあ? そりゃあ、あんたのほうでしょうが! 来月結婚する婚約者がいながら他の女に手を出して! 6股だあ? なにがオレとつき合ったら身も心も気持ちよくさせる、だあ? あんたのセックスなんてアダルトビデオの受け売りばっかでロクなもんじゃないじゃないの! 前戯も適当! 入れたいばっか! 入れたら入れたで自分だけ気持ち良くなって爆睡するような男のセックスでイケる女なんかいねえっつーの!」
「なっ! ふっざけるな! おまえなんて不感症のマグロじゃねえか!」
「はあ? なに言ってんの? 不感症なわけないじゃん! 私はねえ! ちゃ~んと感じるのよ! 現にCMで見せてあげたでしょうが! 気持ちいいところ、しっかり丁寧に攻めてもらったら感じまくっちゃうんですけども!」
「ア……アキさん、甲山先輩も……他の人が見てますよ」
貴斗の後輩が私たちの仲裁に入ろうと声を掛けてきた。
動物園を案内すると言った栗田だ。
「だったらなに? 人が見てる? あんたらもいい機会だから女の本音をよおく聞いておきなさいよ!」
「えっ!」
「ていうか、甲山貴斗! 私はあんたと付き合ってるときからずっと言いたいことがあったの! あんたのせいで私はセックス嫌いになったの! あんたみたいに女を物みたいに扱う男のせいで嫌いになったの! 痛いし、雑だし、力任せだし! そんなあんたには一生かかったってわかりゃしないと思うけどねえ。女は心が満たされて初めて感じるの! 女は男の欲望の受け皿じゃないの! 女は大事に丁寧にされたいの! 愛されてるって身と心で実感したいの! 女をなめんな、クズ野郎!」
思いつく限りの言葉を吐き出して、私は貴斗から手を離した。
会場が明るくなると同時に腰を下ろした私を貴斗は憎々しげに見下ろしていた。
だが、「本当にそうね」という別の女性の声がした瞬間、彼の表情が一変することになった。
貴斗が恐る恐る振り返った先には女性が立っていた。
それもひとりじゃない。
6人だ。
ひとつのテーブルに座った6人の女性たちが一斉に立ち上がって貴斗を睨みつけている。
「美智子。由美……香苗……愛、良子、めぐみ」
「アキさんの言うとおりだわ。入れたいばっか」
「こっちのことを気にもかけなかったわねえ」
「すぐ寝るのよ。余韻もないの」
「生理のときなんて会ってもくれないわよ?」
「そう言えば連絡していい時間、決められてなかった?」
不満を口にした6人が、最後の言葉に一斉に「あっ!」と納得した声をあげた。
彼女たちが貴斗を激しく睨みつけると、気圧されたように貴斗は一歩引いた。
その場から逃れようと踵を返そうとしたところで、龍空がツンツンと貴斗の肩を突いた。
振り返った貴斗が目を大きく見開く。
龍空の隣には桃色のワンピースを着た上品な女性が立っていたからだ。
「留美子……さん」
「コウヤマさんには内緒でしたが、婚約者の専務の娘さんである久保留美子さんを今回お呼びしました。結婚する前にちゃんと自分の目で確かめたほうがいいですよって。写真じゃ信じてもらえなかったもんですから」
龍空がどうぞと女性をうながす。
女性は貴斗をじっと見た後、ふぅっと息を整えてから告げた。
「貴斗さん。別の場所で全部見てました。今日、ここに来るまではウソであってほしいと思ってましたけど。もうムリです。婚約は破棄させていただきます。お父様にも伝えましたから」
「待って……待ってください、留美子さん! 全部、全部清算しますから! 婚約破棄だけは……」
「慰謝料請求されないだけよかったと思ってください」
そう言って、留美子と呼ばれた女性は他のホストに付き添われてラウンジを出ていった。
その後に続くように貴斗の彼女と思わしき6人も呆れたように姿を消していく。
へなへなと力なく貴斗はその場に座り込んだ。
それこそ顔面蒼白になって――
うな垂れて一歩も動けない貴斗の両脇を支えるように一緒に合コンに参加した男たちが会場を後にしようとしたとき、ユウがちょんちょんと彼らの背中を突いた。
そしてひとりひとりに茶色い封筒を手渡した。
「皆さんの身辺調査もさせてもらいました。奥様やお付き合いしていらっしゃる彼女さんにも同じものを送ってありますから。あっ、ちなみに私の元職、探偵なんで」
ユウの言葉に3人の顔色が瞬時に変わって青くなった。
「あと最後だからひとつ教えてあげるんだけど」
「オネエもなめんなよ?」
きれいな顔とは裏腹にドスの利いた低い声になったナナとレイナから逃げるように男たちは去っていった。
どうしようもないクズ集団に飛び蹴りを食らわせてやれなかったのが心残りだけど仕方ない。
私はふぅっと息をついた。
手が震えている。
「行こう、アキ」
3人のオネエサマたちに促されて、立ち上がる。
オネエサマたちは周りの目から私を守るように取り囲むと静かに会場から龍空が予約した部屋へと向かった。
「よくがんばったわ」
「あんたは女の鏡!」
「お疲れ様」
3人のオネエサマ達のいい匂いに包まれながら、私は笑った。
だけど笑いながらも、私の目からは涙があふれていた。
酒に酔ったせいなのか。
公衆の面前でものすごい台詞を吐いてしまったことの後悔なのか。
それとも過去を精算できたことで安堵したからなのか。
どれかわからないけれど、泣きながら笑い続けていた。
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