第1話 セックスが嫌いです

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第1話 セックスが嫌いです

 切れ切れの息が間接照明だけに照らされただいだい色に満たされた部屋の中に絶え間なく続いていた。  壁に浮かぶ影をぼんやりと横目で追う。  激しく揺れる影に合わせて大きく乱れた呼吸が落ちてくる。  どれくらいの距離をこの人は全力疾走しているんだろうか?  激しく腰振りすぎ。  汗が垂れ落ちるまでがんばりすぎ。  っていうか、一生懸命やりすぎ。  なんてさっきからずっと冷静に分析している。  目の前には顔を真っ赤に上気させて、これでもかっていうくらい力任せに腰を強く押し込んでくる男がいるというのに、だ。    ふと浮かんだ。  そう言えば、今日で付き合ってどれくらいになったかな?  セックスは何回した?  ううん、そもそもセックス抜きで会ったことってあったのかな?  チラッと横目で相手を見る。  体中が汗でベタベタになっているのを見るだけでテンションがだだ下がりになる。  もうがんばらなくていいよ。  力を入れれば気持ち良くなるってわけじゃないんだし。  気持ちがついていかないんだから、なにしたって気持ち良くなんかならないって教えてあげるべきなのかな?  それにクーラーがききすぎていてハンパなく寒い。  ――ああ、はやく終わんないかな。  狭い空間に満ち溢れるそんな声を耳元で受けとめながら、背中越しにただぼんやりと天井を見つめ続けている。 「気持ちいいだろう、愛希(あき)?」  そんな意思確認をことあるごとにしてくる相手に心がもっとげんなりする。  気持ちいいのか、そうでないのか。  それくらい感じ取れ!  って言いたくなるのをグッと飲み込んでから、「うん」と小さく返事をする。  この人が自分の反応その他でいろいろ察することができたなら、こんな質問してくることはきっとないだろうなあと心の中で盛大なため息をつきながら。 「気持ち……いい」  日本人だからこその思いやり、この気遣い。  ううん、大人になったからこそよ。  相手の自尊心をずたずたにしてやる言葉なら、今すぐにいくらだって出せる。  でもダメ。  それは大人の女として絶対にしちゃいけないこと。  でも、機会があれば……というか、許されるなら言ってしまいたい。  言わなければ一生、この人が気づくことはないだろうから。  ――待て、私。がまんよ、がまん。もう少しがまんしたら終わるんだから。  相手は私の返事に納得いかないような顔で、また必死に腰を振る。  バカの一つ覚えじゃないんだから、いい加減気づきなさいよ!  こっちは十分満足していない上で好き放題されて、擦れて痛いっていうのに。  それを必死に隠しながら、しかも気持ちいいフリまでしてあげているっていうのに。  なんで気が付かないのよ!  バカ!  バカ!  大バカ!  心の中で叫んで大泣きしている自分がいる。  自分が本当にかわいそうになる。 「私、セックス嫌いなの」  って言えたらいいのになあって心底思う。  自分からしたいなんてこれっぽっちも思わないもの。  男の自慰行為の道具に成り下がる自分の姿は滑稽で、惨めな気持ちになるのがお決まりなんだよなあ。  どんなに好きになった相手でもセックスをしてゲンナリすることなんて毎度のことだった。  どうして男ってこうも自分を押し付けてくるようなセックスしかできないものなのかと毎回付き合うたびに思う。  相手が変わっても同じ。  女の本質をわかっていない。  女がどうされたいのかわかっていない。  私は満たされたい。  体だけじゃなくて心そのものも満たされたいのよ。  なのに相手の男ときたら、低俗なAVビデオで習得してきたみたいなテクニックしか使ってこない。  そうじゃない!  そうじゃないのよ!  そんな力の入った指や手で愛撫されたって気持ちいいわけないじゃない!  女の体はデリケートなんだから!  でもぜんぜん気づかないのよ。  ほらほら、もっとよがって見せろよ。  気持ちいいだろ?  オレってイイ腕しているだろ?  自信に満ちた顔しちゃってバカじゃないの?  やりたい、やりたい、やりたいだけのカスばっかりだ。  それなのに私は断れないでいる。  だって嫌われたくない。  セックスを拒むことって、男にとっては自分を拒絶されたことと等しいのだそうだ。  だから『したい』という相手の言葉に私は『うん』とうなずいていたんだ。  優しさじゃない。  たぶん面倒なんだ。  別れればいいってわかってはいるけど、同じことをまたループするだけって思ったら諦めちゃうんだよ。  変わってくれたらいいのにって恋愛するたびに思うの。  もっとどうしたいの?って聞いてくれたらいいのに。  どうしたら気持ち良くなる?  どうしたらもっと一体になれる?  って、どうして誰も聞いてくれないんだろう。  そうしてくれたら私ももっとその人のことを好きになって、今よりずっとしあわせになれる気がするのに。 「別れよう」  セックスの後、着替えながら彼は落胆したように肩を小さく丸めてそう言った。 「そうね」  いつものことだ。  数回のセックスを繰り返して大抵こんな結末になる。  理由なんて聞かなくてもわかっている。 「オレたち、きっと合ってないんだ」  セックスが……とは、今回の人は言わなかった。 「そうね」  さっさとホテルを後にした私たち。  悲しいことにもうひとつも会話なんかなかった。
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