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「だから…
私が、家を出る…」
俺は宝を抱きしめた。
宝が優しさの陰で苦しんでいるのは分かってる。
俺のせいで、自分を責めて生きているのもちゃんと分かっている。
だから解放してあげたいんだ。
「宝が家を出る理由はないよ。
父さんだって宝の事は、本当の娘のように愛してる。
だから、宝は…」
俺がそう言いかけた時、宝は俺の腕を振り払い海の方へ走り出した。
暖かいけれどまだ真冬の海だ。足元が濡れるだけですぐに風邪を引いてしまう。
俺は、波打ち際の手前で、やっと宝の手を掴んだ。
「碧のバカ…
私も… お母さんも…
碧の事を本当に愛してるのに…
心の底から、本当に愛してるのに…」
でも、最低な俺は、泣きじゃくる宝に辛辣な言葉を投げつける。
「家族としてじゃ、嫌なんだ…
俺を、五十嵐碧を、一人の男として愛してほしいんだ…」
俺は、きっと、神様に嫌われてるに違いない…
だって、神様は一生に一人しか巡り会わない大切な女性を、俺の姉貴にしたから。
何で、俺達はこんな苦しい思いをしなきゃならないんだ…?
八方塞がりで、切なくて苦しくて辛過ぎて、そして、何もできなくて…
「いつか、俺は弟をやめる…
でも、宝がそうやって泣くのなら、まだもう少し我慢するよ。
だから、もう泣くな…」
誰もいない海は、俺達を束の間の他人にしてくれる。
俺は涙に暮れる宝を抱きしめた。
いつか、幸せになれる未来を夢見て…
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